若者の街・渋谷ですが、渋谷駅から7分ほど歩いたところ、高層ビルの間にパワースポットがあります。金王八幡宮(こんのう はちまんぐう)です。
この八幡宮は、出世や金運で有名なパワースポットとして人気だそうで、人生大逆転を狙うおっさんも行ってきました。
(渋谷の地名の由来は、この八幡宮)
金王八幡宮は、平安時代末期の1092年に武将・河崎基家によって造営されました。
この基家という人は渋谷氏の祖と呼ばれています。義家が上洛した際に、基家の息子・重家が賊を退治したことで堀河天皇から「渋谷」の姓を賜ったそうです。
八幡宮ができた頃は、周囲は鎌倉街道があり渋谷川が流れ、各地で湧水もあったそうです。その中心部は高台で、そこに「渋谷城」が築かれ、その城の加護のために金王神社が造営されました。当時は「渋谷八幡宮」と呼ばれていていました。
これが現在の「渋谷」という地名の由来と言われています
(金王の由来)
この神社の名称は金王八幡宮です。
そもそも「金王」とは何なのか気になりませんか?
調べてみると、基家の息子・重家がなかなか子宝に恵まれないことから、八幡宮に跡継ぎを祈願したところ、1141年に「金王丸」と呼ばれる男児が生まれました。
この「金王丸」は正式な名前は渋谷金王丸常光。この武将は源頼朝の父・義朝に従い、保元の乱で活躍し、勇敢な武将としてその功績がたたえられました。その彼の名前
「金王」をもらい、この神社の新しい名前につけました。
彼は、壇ノ浦の戦いの後、頼朝から義経を討つように命じられ出征しますが、逆に義経に討たれてしまいます。
(きらびやかな社殿)
色鮮やかで豪華な「御社殿」は江戸時代初期の1612年に造営されました。
社殿には、龍や虎が刻まれています。
これは、神社にしては派手すぎる鮮やかだと感じませんか?
実は理由があるのです。
二代将軍秀忠の時に、次の将軍を家光にするか国松にするかの世継ぎ争いで幕府内が
わかれます。しかもどうやら国松のほうが優勢でした。
そのような状況の中、徳川家光の教育役の青山伯耆守忠俊と乳母の春日局が、徳川家光を江戸幕府3代尾に将軍しようと、この八幡宮に祈願を続けます。
そして、その願いが無事叶ったことから、ご加護があるということで社殿や神門を寄進しました。そのため鮮やかな姿になったということです。
(石の砦が語る「渋谷城」)
本殿の左側に大きな石があります。これは「砦石」(とりでいし)と呼ばれるものです。
この石は、かつての「渋谷城」の石垣の一部で、ここに城があったことを示します。
渋谷のパワースポットと呼ばれています。
(神楽殿)
境内にはりっぱな神楽殿があります。
毎年行われる金王八幡宮例大祭では、この神楽殿をステージにしてライブが繰り広げられます。
(渋谷のパワースポット)
この今王八幡宮はパワースポットとして有名です。
ご利益は3つ。「交通安全」「子授け」「出世」。
特に出世については、江戸時代に春日局と青山忠俊が願掛けを行った結果、徳川家光が江戸幕府の3代将軍になったという逸話があります。
(明治三十八年戦役記念碑)
鳥居の右側には石碑があります。
これは、「明治三十八年戦役記念碑」で日露戦争に出征した兵士が記念に建てたもので、この文字は旅順攻撃で有名な乃木希典によるものです。
横に、15,25.30・・と石碑があるので節目ごとに集まっていたことがわかります。
そのほか境内にはこんものも・・。
この石柱は何を使ったのでしょうか?なんなんでしょうか?
国旗掲揚台??
横には「帝国在郷軍人会 渋谷分会 第7班」と刻まれています。
先ほどの石碑も含めて神社が地域の中心的役割も果たしていたことがわかります。
(御注意!!)
昔から東京に住むおっさんの友人が話していましたが、看板などにかかれている金王神社の「王」の部分を「玉」にするイタズラが昔からあるそうです。
だめですよ!!
渋谷駅からわずか5分歩くと、高層ビルの谷間にある金王八幡宮。神秘的で厳かでかつ豪華な空間が漂っています。
【金王八幡宮の公式HP】
<<金王八幡宮への行き方>>
渋谷駅のC16出口から徒歩5分ほど
住所:東京都渋谷区渋谷3-5-12