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北九州市八幡の空襲まとめ

福岡県北九州市八幡。

 玄界灘に面し、朝鮮半島、中国大陸とも近い、この八幡は社会の時間で何度も出てくる地名です

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(官営八幡製鉄所

八幡でまず最初に出てくるのが、日本の近代化をけん引した、官営八幡製鉄所

日清戦争に勝利した日本は1895年(明治28年山口県下関市で結ばれた下関条約で得た賠償金(当時の国家予算の4倍)をもとに 静かな九州の漁村だった八幡に官営の製鉄所を作ります。

日本の近代化・重工業化に不可欠だった鋼鉄。しかし、当時は鋼材の大半を輸入に頼っていました。その鉄を自国で作ることにしました。

そのため明治政府は国家の一大プロジェクトとして製鉄所の建設に取り組みました。

 

下関条約について書いたブログはここです】

 

1901年(明治34年)に、製鉄先進国であったドイツの指導のもと、八幡に日本初の近代製鉄所である官営八幡製鐵所が完成します。

以後、八幡は日本の重工業の中心地として発展し、「鉄の町」と呼ばれ、明治から今に至るまで、日本の経済発展を支えています。

 

八幡製鉄所について書いたブログはこちら】

 

(B29日本本土初空襲の地)
太平洋戦争中の1944年(昭和19年)6月16日には、初めてB-29が日本に現れ八幡製鉄所を空襲します。

これがB29による日本本土空襲です。

【B29日本本土初空襲について書いたブログ】

 

八幡への空襲は同年8月20日にも行われます。

この時は、山口県にある古月飛行場からB29撃墜に出撃した「屠龍」が八幡の折尾上空で空中戦を行います。

しかし、なかなか撃墜できず、このままではB29が爆弾を投下し、八幡が火の海になると感じた1機がB29に体当たりをして、後続のB29ともあわせて2機を撃墜。

自らの命をささげて市民を守ります。

【B29体当たりの碑について書いたブログはこちら】

 

昭和19年6月の空襲の慰霊碑について書いたブログはここ】

 

その後は、大規模な空襲は1年ほどありませんでしたが、終戦の1週間前、長崎原爆の前日にあたる1945年(昭和20年)8月8日の空襲で大きな被害を受けます。

【昭和20年8月8日 八幡空襲について書いたブログはここです】

 

なお、この8月8日の大規模空襲で発生した煙が、翌日8月9日の小倉原爆を防いだ要因の1つとされています。

【長崎原爆は 小倉原爆だったことを書いたブログは ここ】

 

戦後は、日本の復興、そして高度経済成長を推し進める重要なポジションをしめ

四大工業地帯の1つ「北九州工業地帯」の中心として発展成長します。

その後、八幡は、若松、戸畑、小倉、門司と合併し北九州市になります。

北九州市は人口100万人を超える政令指定都市です。

 

北九州市は工業化に伴う公害が指摘されることがありましたが、

今では環境に力を入れるエコシティになっています。

 

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