日刊  おっさんの人生これから大逆転だぜえ!

普通のおっさんが、パワースポットや史跡・戦績をめぐり運気を上げ「人生大逆転」を狙う。「充実した人生を目指す」現在進行形のサクセスストーリーブログ!みんなも 旅行に出かけるときの参考にして下さい!!

1月15日 ネズミ1匹5銭で買い取ります

 

f:id:reiwa00502:20210105003024p:plain

2021年(令和3年)の1月、新型コロナウイルスが無茶苦茶猛威を振るってますねえ。

感染者数は毎日過去最高を記録更新するし、その勢いが衰える兆しが全く

ありません。緊急事態宣言が起きているし、もうひどい状況です。

 

しかし!!人類が疫病と戦うのは今回が初めてではありません。

120年前、日本ではペストが大流行し、その防御に皆苦心していました。

 

そこで1900年(明治33年)1月15日、東京市が、ペストの流行をこれ以上拡大させないようにと「ペスト菌を運ぶネズミを1匹5銭で買い取ることを決めました。

ネズミ!!そう、100年前の昔には家庭にもネズミがいたんですよ。

最近は、ネズミが走り回る家やドブネズミを見かける事なんてそうないと思います。

おっさんは渋谷のセンター街を通る時、丸々と太ったネズミが走り去るのを何回か

目撃しびっくりしたことがあります。でも昔は平気で家にネズミがいたんですよ。

 

(世界的にペスト流行)

19世紀に、中国でペストが発生し、1894年(明治27年)に世界的な貿易港の香港

アヘン戦争で中国・清に勝利した英国が領土とした)から世界中に広がりました。

日本政府は北里柴三郎をリーダーとする調査団を現地に派遣し、北里はその年の6月14日にペスト菌を発見し、さらに石炭酸や石灰液を使った消毒が有効であることを

突き止め、ネズミがペストを媒介していることを香港政庁に伝えます。

 

(日本でもペスト流行)

1899年(明治32年)、日本の領土だった台湾から船で門司港に入った日本人会社員が

広島でペストに発病し死亡します。

その後、神戸、大阪で発病、死者が出て、この年は合計で45人のペスト患者が発生、

40人が死亡しています。

このままでは、ペストが神戸・大阪を経てやがて東京へ侵入する可能性もあります。

そうなれば、東京は人口が多く人の出入りも激しいために、ペストが拡散する恐れが

あります。

ペストにかかると経済、物流、産業、交通が打撃を受け、日本の首都東京の機能が壊滅する恐れもあります。

それを危惧した当時の松田東京市長は、12月27日の東京参事会でネズミ20万匹の

買い上げ作戦を提案します。

 

東京市がネズミ1匹を5銭で購入)

1900年(明治33年=ネズミ年)の1月15日より東京市が予防のため、

ネズミを1匹あたり5銭で買い上げることにしました。

ペストの媒介者であるネズミを駆除することで、ペストの予防・撲滅をはかろうと

したのです。

近辺の交番につかまえたネズミをもっていくと現金引き換え切符をもらうので、

その切符を区役所で換金するという仕組みでした。

当時の5銭は、どのくらいの値打ちがあったのでしょうか?

ジャムパンが1つ2銭、天丼の並みが7銭、大人の銭湯の入浴料が10銭という記録があります。

そのため巷では「ネズミをつかまえて天丼を食べよう」と言われていたそうです。

となれば、言い方が悪いですが、数匹つかまえればいい小遣い稼ぎになりますので、

みんな必死にネズミを探したと思われます。

ちょうどこの時期には尾崎紅葉が「一頭五銭」と題して「霜の手の銭や鼠を売りて来し」という句を詠んでいます。

また夏目漱石が書いた有名な著書「吾輩は猫である」にも、御主人が猫が捕獲したネズミをつかまえて換金していたことが描写されています。読んだときは何のことかはわかりませんでしたが、こういう背景があったんですね。

 

(広尾の鼠塚)

買い取られたネズミは火葬場で焼却されましたが、そのネズミの霊を供養するために、1902年(明治44年)、東京渋谷区広尾にある祥雲寺の境内に鼠塚が建てられました。

この高さ3メートルの鼠塚には「数知れぬねずみもさぞやうかぶらん、この石塚の重きめぐみに」という文字とネズミが彫られています。

f:id:reiwa00502:20210105002035p:plain

しかし、東京市に捕獲したネズミを継続してお金に換える財政力があるわけでなく、

この仕組みはやがて廃止されます。

 

日本政府は、香港でペスト菌を発見した北里柴三郎の指導下、ペストの蔓延防止に

努めます。

当時は、ペストを運ぶネズミを駆除するか、あるいは

ペスト患者が出た家を封鎖し、石灰をまいて消毒、または焼き払うしか

方法がありませんでした。

  

(1927年・昭和2年を最後にペスト報告されず)

ペストの勢いは収まらず。1901年(明治34年)5月29日には、警視庁がペストの予防のために、屋内以外での裸足での歩行を禁止します。

すると今まで裸足でよかった職業の人たちは、裸足じゃいけません。

といって靴はまだ高価でしたので、皆は下駄を買い急ぎます。

ということで、東京の下駄屋は注文が殺到し大稼ぎとなります。

 

10月6日には横浜でペスト患者が発生し、10月30日発生地域の家屋12戸を焼き払います。また12月24日には東京でペスト患者が発生しています。

1905-1910年の5年間に大阪府では958名がペストに感染しています。

1914年(大正3年)4月には東京でペストが流行し、年末までに41人が死亡しています。

1899年から1926年までの日本の感染例は2,905名で、死亡例2,420名が報告されています。

幸いなことに1927年(昭和2年)以降は国内のペスト感染例は出ていません。

 

【鼠塚がある祥雲寺の公式HP】

 

<<祥雲寺への行き方>>

地下鉄日比谷線広尾駅下車恵比寿側2番出口より徒歩5分

鼠塚は、祥雲寺山門から奥まで入った墓地の入口に建てられています。

住所:渋谷区広尾5-1-21

 

・・・ということで

1月15日は、東京市がネズミを1匹5銭で購入することを

始めた日です。

 

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/r/reiwa00502/20210105/20210105003024.png