日刊  おっさんの人生これから大逆転だぜえ!

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大河ドラマ「青天を衝け」にも登場する水戸弘道館

 

 

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弘道館は2021年・令和3年の大河ドラマにも登場)

2021年(令和3年)の2月半ばから始まったNHK大河ドラマ「青天を衝け」。

明治の実業家の渋沢栄一を描いたものです。

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そのドラマに登場し、ストーリー上で大きな役目をはたしている徳川慶喜の父である

徳川斉昭が作った藩校が水戸の弘道館です。

弘道館は、1841年8月1日に仮開館式が行われ、16年後の1857年5月9日に本開館式を

迎えました。

 

(尊攘)

弘道館に入ると「諸役会所」にある「尊攘」と書かれた大きな掛け軸が目に入ります。

この文字は、徳川斉昭の命を受けた松延年(まつのべ ねん)という水戸藩藩医が1856年に書いたものです。

「尊攘」とは「尊王攘夷」の略です。

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この文字が書かれたころは・・。

1853年アメリカのペリーが黒船を率い日本を訪れ翌年、日本は日米和親条約を結び

長い鎖国をやめ開国します。

大河ドラマ「青天を衝け」でも2021年(令和3年)3月7日の放送は、ちょうどこの場面ですね。

この時、アヘン戦争でイギリスに負け半植民地化した清のみじめな様子が日本に伝わっていて、日本では、鎖国をとき欧米列強が進出してきたら日本はどうなるかを不安視し、開国に対し賛成派と反対派が激しく対立する時代でした。

 

弘道館に掲げられたこの「尊攘」。

力強い文字から徳川斉昭尊王攘夷の強い意志が読み取れます。

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(最大規模の藩校)

弘道館では藩士とその子弟が学び、藩校当時の敷地面積は約10.5haで、当時の藩校としては大規模でした。

敷地内には、正庁(学校御殿)・至善堂の他に文館・武館・医学館・天文台鹿島神社八卦堂・孔子廟などがあり、馬場・調練場・矢場・砲術場なども整備されていました。

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(無料で卒業もない)

弘道館は卒業制度がなく、生涯学習の理念で若者も老人も学んだといわれています。

さらに家格と実力が合致するような人材を育成するという目的から、家柄に基づき

出席日数の制限が行われ、家柄が低い人は出席すべき日数が少なく設定されて

いました。

 

弘道館の授業料は無料で、学問と武芸の2つが、ここで教えられていました。

学問では儒学・礼儀・歴史・天文・数学・地図・和歌・音楽など、武芸では剣術・

槍術・柔術兵学・鉄砲・馬術・水泳などがその授業内容でした。

また、医者を養成する医学館では、医学の教授のほか、種痘や製薬なども行われていました。

第15代将軍となった徳川慶喜も、父・斉昭の方針で5歳の時からここ弘道館で学んでいます。

さらに大政奉還後には、敷地内にある至善堂(しぜんどう)で慶喜が謹慎して過ごしました。

 

(現在は国の特別史跡に)
弘道館は1872年(明治5年)の「学制」発布により閉鎖され、その後は、県庁舎や学校の

仮校舎として使用されました。

現在は約3.4haの区域が「旧弘道館」として国の特別史跡に指定され、ここには約60品種800本の梅が植えられています。

 

茨城県観光物産協会公式HPの弘道館

  

2021年(令和3年)NHK大河ドラマ「青天を衝け」も歴史的背景を考えると一段と面白くなりますよ!!

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【2021年(令和3年)大河ドラマ「青天を衝け」の公式HP】

 

<<水戸弘道館への行き方>>

水戸駅から徒歩で10分以内

住所:茨城県水戸市三の丸1丁目6−29

【この地図の左下にある四角い写真をクリックすると航空写真に変わります。

地図上のルートを押すと道案内をしてくれます】

 

 

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