日刊  おっさんの人生これから大逆転だぜえ!(日本史+史跡)

普通の会社員の“おっさん”が、パワースポットや史跡、戦跡を巡った記録です。旅行に出かけるときの参考にしてね! 史跡や歴史から学び 運気を上げて、“人生大逆転”を狙います。

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3月14日、赤穂事件(忠臣蔵討ち入り)の原因となった江戸城松の廊下刃傷事件 勃発!!

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1701年3月14日江戸城で幕府が朝廷の使者を接待していたこの日の朝、江戸城、本丸御殿の大広間から白書院へとつながる松の廊下にて、播州赤穂藩主・浅野内匠頭が、

高家吉良上野介義央の背後にいきなり小さ刀で切りつけ重傷を負わせる事件が発生しました。

いわゆる松の廊下の刃傷事件です。

「浅野殿、殿中でござる 殿中でござる」

吉良に斬りかかる内匠頭を、その場にいた人が背後から取り押さえるシーンは、

忠臣蔵の芝居やドラマでおなじみです。

 

 (3月14日朝発生)

江戸時代江戸には将軍がいる幕府、京都には天皇がいる朝廷がありました。

そして江戸幕府は毎年正月、朝廷に年賀の挨拶をしており、朝廷もその返礼として勅使を江戸の幕府に遣わせていました

幕府側では、3万石から10万石程度の所領を持つ大名が「勅使饗応役」として朝廷の使者の接待役を務めます。

 この事件が起きたときの「勅使饗応役」は浅野内匠頭で、2度目の饗応役でした。

一方、典礼などの指南を行うのを「高家」といい、吉良上野介高家肝煎でした。

また、吉良上野介は、同時に浅野内匠頭に儀式の指南を行っていました。。

 

(切りつけの原因)

江戸城での切りつけ事件が起きた原因は不明です。

江戸城のなかで、しかも朝廷の使者が来てそれをもてなす大事な日に、メインストリートの1つともいえる松の廊下で刃物で切り付けるというのですから、これは大事件です。

 

事件が起きた3月14日は五代将軍綱吉が勅使、院使に対し勅答する日でした。

この事件が起きる前に、勅使饗応役の内匠頭が、吉良に「勅使ご登城の刻限と存じますが、式台でお迎えすべきでしょうか。それとも式台下でお迎えすべきでしょうか」と尋ねたところ、吉良が「今頃になって左様なことを訊かれるとはもってのほか。その程度の御作法は常日頃からお心がけなさるべきもの。にわかに仰せられるとは笑止千万」と馬鹿にして教えませんでした。

この吉良の冷たい対応に加え、今までの不満が爆発し、それこの刃傷事件の原因になったのではと語られます。

 

さらにもう一つ、「塩」を巡る浅野と吉良の争いも遠縁としてあったと言われています。

吉良の所領の三河では「アイバ塩」と呼ばれていた「三河の塩」が有名で、その塩は

赤穂よりも歴史が古く、各地に配送していました。

一方、赤穂では三河に遅れて塩を作りますが、その塩は、精白法という独自に生み出した方法を用いその品質を高め三河の塩をしのぐようになりました。

吉良は、内匠頭に「精白法を伝授してほしい」と頼みますが、内匠頭は「門外不出」として拒否し教えません。内匠頭のとっては面白くありません。

こうした背景もあり吉良は内匠頭に対し、良い感情を抱いていなかったため、意地悪をしえいたと考えられます。

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<<松の大廊下跡の行き方>>

千代田区千代田1-1 

【この地図の左下にある四角い写真をクリックすると航空写真に変わります。

地図上のルートを押すと道案内をしてくれます】

 

 (浅野内匠頭切腹

江戸城での刃傷事件後、5代将軍綱吉により内匠頭は陸奥一関藩田村家に預けられ、

その夜、屋敷の庭先で即日切腹となりました。

大名に対し「即日切腹の命」が下るのは異例のことです。

さらに赤穂藩は改易という最悪の結末を迎えました。

一方、吉良は一切お咎めなしでした。

喧嘩両成敗ではなく、浅野内匠頭だけの処罰に対したことで、赤穂藩大石内蔵助らは主君の敵討ちとして吉良邸への討ち入りを決断します。

 

(殺傷事件のその後)

殺傷事件が起きた翌年の1702年12月14日の深夜、浅野内匠頭長矩の旧臣・大石内蔵助

赤穂浪士は吉良邸を襲撃し日付が変わった15日未明に、吉良上野介を殺害します。

 

その後、討ち入りを行った赤穂浪士は4大名家に御預けとなり、

1703年2月4日にお預かりとなったそれぞれの大名屋敷で切腹します。

赤穂浪士討ち入りについて書いたブログはココ】

赤穂浪士切腹について書いたブログはココ】

 

  【東京にある忠臣蔵に関係する史跡】 

吉良上野介の墓がある萬昌院功運寺)

中野区上高田にある萬昌院功運寺には、忠臣蔵で討たれた吉良上野介のお墓があります。

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★功運寺では、吉良上野介の命日にあたる12月には吉良公慰霊法要が行われています。

 【功運寺について書いたブログはココ】

 

<<吉良上野介義央の墓:萬昌院功運寺への行き方>>

JR東中野駅徒歩12分

住所:東京都中野区上高田4-14-1   萬昌院功運寺

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浅野内匠頭と四十七士の墓がある泉岳寺

一方、東京都港区高輪にある 泉岳寺には、赤穂事件で有名な播磨赤穂藩主の浅野長矩(あさの ながのり)と討ち入りをした赤穂浪士が葬られています。

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 【泉岳寺について書いたブログはココ】

<<泉岳寺への行き方>>

JR高輪ゲートウェイ駅から徒歩10分以内

住所:東京都港区高輪二丁目11番1号

 

(義士祭に参加)

毎年12月14日周辺には忠臣蔵で亡くなった浪士のために全国のゆかりの寺で

義士祭が行われます。

おっさんは京都と大阪で行われた義士祭に参加したことがあります。

 

【①京都法住寺

f:id:reiwa00502:20191219155928p:plain  【2019年(令和元年)京都・法住寺の義士祭りについて書いたブログはココ】

<<法住寺への行き方>>

三十三間堂の前にあります。

おっさんはJR京都駅から歩いて行きました。徒歩15分ほどでした。

住所:東山区三十三間堂廻り町655

 

【大坂 吉祥寺】

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【2020年(令和2年)大阪・吉祥寺の義士祭りについて書いたブログはココ】

<<大阪の吉祥寺への行き方>>

地下鉄谷町線四天王寺前夕陽ヶ丘駅から徒歩で5分
住所: 大阪府大阪市天王寺区六万体町1-20

 

 ・・・ということで3月14日は

赤穂事件(忠臣蔵の討ち入り)の原因となった

江戸城松の廊下刃傷事件が起きた日です