(鎌倉殿の13人 第12話「亀の前事件」)
大河ドラマ鎌倉殿の13人 第12話「亀の前事件」、関東の平均視聴率
(世帯)は13.1%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と依然好調です。
では、ストーリーを見てみましょう。
(八重、江間に住む)
伊豆は義時の領地になっていました。
そこで義時は八重に住み慣れた伊豆の江間に戻って暮らすように勧め八重を江間へと
送ります。
(隠れ家で妾も)
頼朝の異母弟の阿野全成と雅子の妹・実衣の婚儀が行われました。
政子の出産が近くなったある日、頼朝のもとに主要御家人が集まります。
この席に、朝廷での経験が豊富で頼朝の知恵袋となる大江広元が新しく加わります。
また注目の政子の子の乳母夫(めのと)には、比企能員が指名されます。
これにより、政子が出産した後、比企一族が大きな力をつけてきます。
安産祈願の馬引きの役目に重忠と義経が選ばれます。
重忠は快諾したものの義経は「そんなことをするためにここにいない(早く平家を討ちたい)」と不満の声をあげます。この様子に頼朝は怒ってこの場を立ち去ります。
出産を控えた政子は比企の館に移り住みます。
(跡取り誕生)
1182年、政子は男児・万寿を出産します。のちの2代将軍・源頼家です。頼朝待望の跡継ぎ誕生です。
待望の跡取り誕生のころ、頼朝は隠れ家に義時を呼び「1つの家に力が集まりすぎるのを防ぐために乳母夫に北条ではなく比企にした」と告げます。
そう話す頼朝の横には妾の亀が寄り添っていました。
義時は頼朝の浮気を目の当たりにします。
(義時、八重の地雷を踏む)
八重は義時から父・伊東祐親と兄・祐清の死を知らされます。
さらに「2人の命を奪うよう命じたのは鎌倉殿だ。あの方は恐ろしい人です」と八重に伝えます。
すると八重は「それを私に伝えてどうしたいのですか。私が何と言ったら、あなたは喜ぶのですか!あの方は千鶴の仇をとってくださったのです。ありがたいことではないですか。違いますか。答えなさい、小四郎」と怒り義時を責めます。
怒り全開MAXモードです。
最後には八重から「もう放っておいてください」と言い切られてしまいます。
まさに義時、八重の地雷を踏む!!
(嫡男が病弱なのは親の不徳)
頼朝と政子にできた待望の嫡男・万寿ですが体が弱いです。それを聞いた全成は実衣に「親の不徳が子に災いをもたらす、というね。決して誰にも言ってはいけないよ」と
頼朝の浮気のことを話します。これが実衣⇒源範頼⇒時政、りくに広まります。
これを聞いたりくは、伊豆の比企館へ向かい政子に
「あなたも気が気ではありませんね。イヤだ、あなたの耳にも入ってるとばかり…。噂よ、これはあくまでも。実は…」。とわざと政子に頼朝の浮気をばらします。策略ですね。
「正室政子が妊娠、出産という大事な時期に夫・頼朝が妾の亀を館に住まわせ、そこへ通っていたこと」が政子の耳に入ります。
政子は怒り、特に義時には「許せない!みんな知っていたんですね。ひどすぎます。あなたは、鎌倉殿の顔色うかがってくっついて回って、この田んぼのヒル!」と罵倒します。
そして頼朝の相手が亀だと分かると「あの薄い顔の女ね。今夜も一緒なの?で、亀は今、どこに?」と問い詰め、義時はその剣幕に押され亀の居場所を教えてしまいます。
(夫の浮気に“後妻打ち(うわなりうち)”)
出産中の夫の浮気を知り激怒する政子に継母のりくは、前妻が後妻に報復する“後妻打ち(うわなりうち)”という風習を教えます。
「鎌倉殿が都を真似て妾を作ったのなら、後妻打ちで仕返しするのです。都には、そういう習わしがあるんです。」というりくに政子は同意します。
りくは、兄の牧宗親に依頼して亀の館を少しだけ壊すよう依頼します。
りくは「面白くなってきました。いい薬です。御台所にとっても、鎌倉殿にとっても。兄上様、ちょっと壊してくるだけでいいですからね。」と伝えます。
策略家だのお・・。
後妻打ちの動きを知った義時は、三浦義村とともに“頼朝と亀の愛の隠れ家”から亀を逃がします。このとき義村は亀に「いっそ、俺の女になるか」と言い、亀も「悪くない」と。おいおい!!
義村は「頼朝の女だ。その時、俺は頼朝を超える」。いやあ、このへんの人間関係はドロドロしてますなああ。。。
(派手にぶち壊した“後妻打ち(うわなりうち)”)
“後妻打ち(うわなりうち)”が行われると知った義時は、義経に館の見張りをお願いします。
後妻打ちが行われるその夜。義時の願いを受けた義経が松明を持って館を見張っていました。すると従者を引き連れた宗親が現れます。宗親は義経に、ここが頼朝の妾の館で、政子の命令で壊しに来たと説明します。さらに義経にも「手伝うてくれへんか?」と頼みます。
すると義経は、武蔵坊を呼び「派手にいけ」「威勢よくやれぇ!」と館の破壊を命じます。
館は破壊され火をつけられます。夜が明け、焼け跡を見た頼朝は「ここまでするか?」と絶句します。この間抜けずらが、またよろしいです。
すぐに義経と牧宗親の仕業だと判明し2人は頼朝のもとに呼ばれます。
義経は潔く火をつけたことを認め、謹慎処分になりました。
牧宗親は、義経を止めなかったことを責められ、髷=もとどりを切るように命じられます。
この時代、髻を切ることは、武士にとって最大の恥辱でした。
当時、男子は元服すると髻を結うのが倣いで、この髻は髪を結い上げて、烏帽子や冠を頭に留めるためのものであり、立派な大人の証でした。
ですからその髻を、切られることは最大の恥辱だったのです。
そして宗親は梶原景時に髻を切られます。
(パパ激怒)
兄への仕打ちに、りくは怒り頼朝に会いに行きます。そして頼朝の女癖の悪さがすべての原因だと言います。頼朝は「源氏の棟梁に妾がいてもいいだろう」と開き直ります。
しかし、りくは「夫に妾がいて、それを心より許せる女子など、都にだっておりませぬ!夫がそんな物言いとは、懸命に御台になろうと励んでいる政子が憐れでなりませぬ」と言います。
そこに政子も現れ「肝心なのは夫の裏切り」といい、りくも「咎めるべきは夫のふしだら」と波状攻撃。
妻と戸籍上の母の双方から浮気を責められた頼朝は「黙れ!わしに指図するなど、もってのほか!身の程をわきまえよ!」と叫びます。
ここで、沈黙を保っていたあの男が爆発します。
りくの夫で、政子の父親・北条時政です。
時政は立ち上がり「源頼朝が何だってんだ!わしの大事な身内に、ようもそんな口を叩いてくれたな!たとえ鎌倉殿でも許せねぇ!」と。
頼朝は唖然とします。
すると時政は「小四郎、わしは降りた。伊豆へ帰る。やっぱり、鎌倉の暮らしは窮屈で性に合わん。伊豆へ帰って米を作っておる方がいい。小四郎、あとは任せた」と言い鎌倉から去ります。
(したたかな亀)
義時が上総広常を訪ねました。ここには、住む場所を追われた亀がかくまわれていました。広常は義時に「いつまで預かってりゃいいんだよ。あいつ俺に色目を使って来やがった」と伝えます。
上総介殿にも色目を使うとは亀はしたたですなああ。
亀、、この存在感も大きいです。
幕府では頼朝をサポートするために京都からやってきた大江広元が頼朝に、「小四郎殿は決して手放してはなりません。まだ若く、しくじりもありますが、あの者は鎌倉殿に忠義を尽くします。ご安心を。鎌倉は安泰でございます」と伝えます。
さらに広元は、「ただ一つ気になることが……」といいます。
この広元が危惧する懸念材料は、果たして何か?
というところで今回はおしまいです。
(つづく)
【感想】
今回はホームドラマみたいです。
時政パパはもう登場しなくなるんでしょうか、あの持ち味が好きだったのになあ・・