日刊  おっさんの人生これから大逆転だぜえ!(日本史+史跡)

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鎌倉殿の13人 第16話「伝説の幕開け」

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大河ドラマ「鎌倉殿の13人」。

最近は日曜日にBSで見て、ストーリーを書いてもう一度流れを把握し

土曜日13時5分からの再放送を見る という流れが定着しています。

ストーリーを確認した上で再度見ると「ああそうだったのか」と新たな発見が

あります。

 

さて24日に放送されたNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」(日曜・午後8時)の

第16話「伝説の幕開け」の世帯平均視聴率は12・9%で前回と変わらず。

 

 第16話では木曽義仲がうちとられ、また源平合戦の最大の攻防・一ノ谷の戦い

描かれました。

では、ストーリーを見ていきましょう。

 

 【鎌倉殿の13人】16話

「伝説の幕開け」のあらすじ

(金剛)

主人公の北条義時に嫡男が生まれ、頼朝は、その子に「金剛」と命名します。

頼朝は、金剛は仏教の守り神、源氏を支えるのにふさわしいと語ります。

この金剛、のちの北条泰時承久の乱御成敗式目の人です。

また、頼朝に対する謀反が起きた事から、鎌倉殿と御家人の間をつなぐ”かすがい”の役割を果たす人物が必要となり、その適任者として「御家人たちを束ねることができるのは舅殿しかおらんのじゃあ」と伊豆に引き上げていた北条時政を呼び戻します。

 

時政は、義時にこう言います「北条が生きていく手立ては、ただ1つ。これまで以上に源氏にとりつき従う。それしかない」と。

この言葉には、頼朝の嫡男・頼家の乳母(めのと)比企一族や他の御家人に台頭に

対する恐怖・対策があります。

 

(子をたくさん)

頼朝の正妻・政子は、今回の反頼朝御家人たちの謀反の反省から、自分が御家人の駆け込み寺的存在になりたいと思います。

しかし継母のりくは、力を持つには子をたくさん作ることを勧めます。

 

(頼朝、「木曽義仲追討軍」を京に派遣)

1183年12月、後白河法皇は頼朝討伐の院宣を出します。鎌倉殿=頼朝討伐です。

この院宣に対し頼朝は、背後に義仲がいると気付き、頼朝の異母弟・源範頼を総大将、梶原景時を軍奉行にした「木曽義仲追討軍」を京に送ります。この追討軍には八重に

見送られた義時も加わります。

一方、頼朝は鎌倉に残ります。

 

義経の軍略)

範頼軍はやがて、先発していた頼朝の異母弟・義経軍と合流します。

 義経軍接近の報に対し源氏同士で争いたくない木曽義仲は、義経に文を書き使者を送ります。

この義仲からの文が、義経と合流した範頼の軍議の席に届きます。

文には「一緒に平氏を討とう」と書かれていました。

しかし義仲と戦う気満々の義経は、使者を切り、その首を送り返します。

使者を切る行為は武士道に反する大御法度です。

そして、義経軍の兵の数が10分の1の「千」と少なく偽り嘘情報を流させます。

 

使者を切られたことで、義仲は義経軍との和睦が不可能な事を知ります。

また、義経軍の兵力が少ないとの情報を知った義仲は、宇治川に兵を進めますが、

義経軍を実際に見て兵の多さに気が付き逃げだします。

勝ち目がないと悟った義仲は 巴御前に「京を捨て、いったん北陸に戻り再起を

はかる」と告げ京都を離れることにします。

 

義仲は最後の知らせをと後白河法皇の御所に行きお目通しをお願いしますが、それもかなわず「法皇様の悲願、平家の滅亡と三種の神器が戻ることを心よりお祈り申し上げます」と告げ京都を離れます。

 

(義経入京)

義仲と入れ違いに義経が京都に入ります。

このときの京都は荒れ果てて雅な雰囲気はありません。

頼朝は、土肥実平を伴い御所で後白河法皇と会います。

義経法皇に「九郎義経。これより義仲の首を落とし、その足で西に向かい平家を滅亡させます」と告げます。

 

(義仲無念)

北陸に向かおうとしていた義仲は、巴御前に嫡男・義高への文を託します。そして近江に向かいますが待ち構えていた源範頼軍に討ちとられます。

また巴も和田義盛に捕らえられます。

 

(源平合戦一ノ谷の戦い)

前年7月に京都を追われた平家ですが、瀬戸内海を掌握し、福原に軍勢を進め京都奪還を視野に入れていました。

福原は四方が海と山に囲まれています。

義仲を打ち取った義経軍は、福原の平家をどう攻めるかの軍議を開いていました。

軍議で出た戦奉行の梶原景時の案に対し義経は、山から攻めるという事だけはいいが、ほかはダメだ、話にならないと言います。みんなの前で作戦を否定され梶原景時の面目丸つぶれです。

義経は「予想外の場所から攻める」と言い、和田義盛が「予想外の場所はどこだ」と

尋ねると「その時、その場所で目で見て決める」と答えます。

 

さらに義経は通常2日はかかる三草山までを1日で行き、平家に暇を与えないといいます。

義時は、戦奉行の梶原景時に気を使い「梶原殿はどう思います」と聞きます。

梶原は「九郎殿が正しゅうございます。時を急ぐことも、攻め込む場所をその場で決めることも理にかなっています」と応えます。

義経案に不満を感じていた御家人たちも、この戦奉行・梶原景時の発言で承服します。

梶原景時は、天才軍略家・義経の才能に驚き、また義時は「義経は戦のために生まれた人だ」とつぶやきます。

さらに「戦神、八幡台菩薩の化身のようだ」と・・

 

(だまし討ち) 

平家軍に対し、義経はもう1つの策を考えます。

梶原景時に席を外すようにつたえ、義時と2人きりになった時にニセの和議作戦を打ち明けます。

それは後白河法皇に、平家に対して源氏と和議を命じるように要請し、平家を油断させて攻撃をするという騙し討ちをすることです。

この策を聞いた法皇は了承します。法皇義経が気に入ったようです。

 

(一ノ谷の戦い)

義経軍は三草山で平家軍に夜討ちを仕掛け、その後山中を進み福原に向かいます。

義経は険しい断崖を持つ一ノ谷を鉢伏山から降りるという突拍子もない作戦を思いつきます。

義経が自らの手勢を連れて鉢伏山に向かうと畠山重忠も加わります。

2月7日早朝、義経は山に鹿のフンを発見し、「ここは鹿がいる。それなら馬も降りることは可能」と手勢を連れて一気に駆け下ります。

その頃、福原の東にある生田口では範頼軍と平知盛軍が戦闘開始。

一の谷では平宗盛安徳帝に「ここには敵は来ないから安心して下さい」と告げます。

しかし、その時!!

義経軍が出現します!!

平宗盛は、義経軍がまさか断崖絶壁の崖を降りてくるとは予想してなく,虚を突かれます。

崖を駆け下り、平家軍を蹴散らし活躍する義経の姿を見て、戦奉行の梶原景時は「八幡台菩薩の化身じゃ」とつぶやきます。

 

こうして 源平の本格的な戦い・一ノ谷の合戦は源氏の圧勝で終了します。

鎌倉殿の13人、第16話「伝説の幕開け」は、ここで終了です。

 

【感想】

義仲は不幸な人生ですね、なんかもう少しいい方向に進まなかったのかと悔やみます。

【鎌倉殿の13人公式HPはココ!!】