日刊  おっさんの人生これから大逆転だぜえ!(日本史+史跡)

普通の会社員の“おっさん”が、パワースポットや史跡、戦跡を巡った記録です。旅行に出かけるときの参考にしてね! 史跡や歴史から学び 運気を上げて、“人生大逆転”を狙います。

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終戦の日前後から起きた敗戦国日本へのひどい仕打ち


1945年(昭和20年)8月15日、
日本は無条件降伏しました。
戦争で始めて負けたのです。
この日前後から日本はひどい仕打ちや
数々の理不尽を受けます。
では、見ていきましょう。

 

ソ連の動き

太平洋戦争当時、日本とソ連は日ソ中立条約を結んでいました。

【日ソ中立条約に関しては以下を御覧下さい】

 その日ソ中立条約が有効中の1945年(昭和20年)8月9日に突如、ソ連がその条約を
破棄し日本に宣戦布告をします。これは国際法違反です。
この知らせを聞いたモスクワの日本大使館はすぐに日本本国に打電しますが、ソ連
妨害活動を行い日本政府は、その4時間後に海外の放送でその知らせを知ります。
正式にソ連大使館から宣戦布告文書が届いたのはソ連侵攻から35時間後です。
真珠湾奇襲の時の宣戦布告遅れどころではありません。


そしてソ連は日本がポツダム宣言を受諾し終戦となった8月15日以降も侵攻をやめません。
さらに東京湾でのミズーリ号上での降伏文書調印のときも、まだ侵攻を続けています。
ようやく戦闘行為が終了したのは9月5日です。
もう無茶苦茶な行為です。
ソ連終戦の数週間に行った事に関しては
以下を御覧下さい】

 

ソ連の侵攻は北方領土問題を生み、今も解決していません。

これまで日本は日清・日露・第一次大戦などで植民地を獲得しましたが、いずれも国際条約での獲得です。韓国を併合したときも当時の韓国政府と交渉を行い国際条約での
併合です。
それに対し、北方領土ソ連の武力侵攻での軍事占領です。
北方領土に関しては下をクリックして御覧下さい】

 

また、ソ連は降伏した日本人捕虜をシベリアに抑留し過酷な条件下で強制労働をさせています。これは捕虜の虐待を禁じた国際法違反であり、また「武装解除した日本兵
家庭に復帰させること」を約束したポツダム宣言違反でもあります。
【シベリア抑留に関しては下をクリックして御覧下さい】


②屈辱のミズーリ号での降伏文書調印式

戦争に敗れた日本は9月2日東京湾に浮かぶミズーリ号上で連合国と降伏文書の調印を
行います。この調印式が、敗戦国日本を世界中にさらす見せしめイベント的扱いでした。しかも降伏調印文書は酔っ払いが書いたもので正式な文書とは言えないお粗末さです。

ミズーリ号での降伏文書調印に関しては
下をクリックして御覧下さい】

また、この降伏文書調印式は、米兵がガムをかみながら見下ろしたり、ラジオで生中継をするなどの扱いです。
日露戦争旅順港攻略後の水師営の会見で相手に恥をかかせまいと気を遣った乃木将軍の素晴らしい武士道とは真逆です。

水師営の会見に関しては下をクリックして御覧下さい】


東京裁判

戦争で日本が負け、連合国が進駐し日本は有史以来初の外国の植民地になります。
そして、極東軍事裁判東京裁判)が始まります。
これは戦勝国が敗戦国を裁くのですが、この裁判は一方的なものでした。
判事は全員連合国の人であり、戦勝国の原爆投下や空襲と言った民間人大量殺戮は不問とされました。さらに死刑執行日は当時の皇太子の誕生日です。

東京裁判に関しては下をクリックして御覧下さい】


・・・とまあ、終戦の日前後から数々の理不尽を強いられる日本・・・

 

終戦の日を機会に、
この日の前後から日本で何が起きたかを
今一度みて、色々考えてはいかがでしょうか?

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