日刊  おっさんの人生これから大逆転だぜえ!(日本史+史跡+旅情報)

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大河ドラマ「鎌倉殿の13人」ネタバレあらすじ 第34話「理想の結婚」

なんか最近の鎌倉殿の13人は、人間関係が非常にドロドロしていて見た後がどっと疲れることが多いです。
第34回の「理想の結婚」、世帯平均視聴率が11・9%(今回は前回から1・7ポイントアップ)

 

第34回のタイトル、「理想の結婚」ということで、それぞれの夫婦の姿が描かれましたね。
では、ストーリーを見ていきましょう。

 

(観音像)

義時は、政子から受け継いだ頼朝の小さな観音像を泰時に譲ります。
義時は頼朝の子と孫を殺めた自分は持つに値しない身だと言うのです。

時房が母のいなくなった義時の子達と遊んで帰ってくると、追いかけっこをしている途中で便所に落ちてしまい、臭いニオイが染みついています。
その時房は横になってくつろごうとすると…
義時はそこでくつろぐな!!と怒声を浴びせます。

・・・このシーンいるのかなああ???

 

帝王学

3代将軍・源実朝。。すっかり成長しましたね、このとき12才です。
実朝は、訴訟の裁きを学ぶために立ち会うことになりますが、実朝は、自分に務まるのかどうか不安でし溜まりません。
そんな実朝をみて御家人からは、そこに座っているだけでいいと言われてしまいます。

 

その実朝は、鎌倉殿=将軍様ということで御家人たちから武芸や学問などいろんな事を学んでいます。
担当は
薙刀……八田知家
弓……和田義盛
政治学……大江広元
処世術……三浦義村です。

実朝は武芸は全然ダメ、政治学大江広元の指導を受けるときには、稽古で疲れて居眠りしちゃいます。まあ12才ですから・・

一方、いつもクールで一呼吸置いて物事を見ている感が強い三浦義村は「女子とのあと腐れのない別れ方」を教えます。義村は「後腐れのない、おなごとの別れ方について。相手に、自分と出会ったことを決して後悔させてはなりません。楽しかった思い出しか残さない。これが一番。だから私は、おなごの前では、力の限り尽くします」・・彼らしいなああ。。

 

(母の思い 書き写した和歌)

そんな実朝の様子を母政子が三善康信に尋ねます。

政子が「実朝は和歌を詠んでいるか?」と尋ねると、指南役の源仲章が京都に戻っているからお休みと伝えます。
政子は、和紙の束を持ってきました。鎌倉には、頼朝が京都から贈られた和歌集がありましたが、蔵の中にあり、おいそれと持ち出すことはできないと大江広元に言われたため、この歌を1つ1つ政子が書き写したのです。
そして「これを実朝の目につくところにさりげなく置いて欲しい」と告げます。
康信が「尼御台が直に渡してはどうか?」と尋ねると、実朝を追い詰めるようなことはしたくないの、さりげなく置いて置いて欲しいと・・・。母の気遣いですね。

 

(武蔵をもらう)

さて、執権となり調子にのっている北条時政はある夜、畠山重忠足立遠元を呼び、比企がいなくなった武蔵に自分が入ると言うのです。そして畠山重忠を武蔵守とし、代々受け継いできた惣検校職(そうげんぎょうしき)の任を返上させるのでした。

※「総検校職」(そうげんぎょうしき)とは?
「惣検校」+「職」=惣検校の職、「検校」は監督者のことです)
「惣検校」は、役所や役所に勤めている人を監督する業務です。

 

この一方的な配置に納得がいかない畠山は義時に「舅殿は惣検校職を奪い取り、武蔵を奪い取るつもりなのではないか」と相談します。
さらに畠山は「武蔵を脅かすようなことになれば、畠山は命がけであらがう覚悟」とつげます。うーん。。

 

(堕落)

執権になった時政のダメダメぶりはもう目に余ります。
付け届けを持ってきたものに、都合のいいように便宜を図ろうとします。賄賂政治です。
見かねた義時が、受け取ってはいけないと言いますが、聞きいれません。
自分を頼ってくるものの気持ちに応えてやりたいのだと言う始末。。
また、義時は、武蔵をどうするつもりなのかと聞きます。
「畠山と一戦交えるおつもりですか」とも聞きます。
時政は「誰もそんなことは言っとらん」といい怒って去って行きます。

 

(実朝の縁談)

さて鎌倉3代将軍実朝の結婚相手として後鳥羽上皇の従妹である坊門信清の娘千世の名があがります。

皇室との結びつきが強まると言うことで、りくや実衣は、この結婚に非常に乗り気ですが、尼将軍で実朝の母である政子は心配です。
また当の実朝もあまり気が進まない様子です。

結婚生活を知らない実朝が、泰時に妻と仲が良いのかと聞くと「いつも尻に敷かれております」と。これは未婚で若い実朝には理解できないんじゃないかなあ・・・。

(16才謎の急死)

実朝の正室となる千世を迎えるため、時政とりくの息子・北条政範らが京へ向かいます。
一方、京では時政・りくの娘婿の平賀朝雅源仲章が迎える用意をします。
朝雅は、時政とりくの娘のきくの夫です。
ここで源仲章平賀朝雅に「上皇様と近しいあなたが実朝様と鎌倉をおさめてくれれば言う事なし」と言います。
平賀は「執権別当にはなれぬ。政範どのがいる限り…」と答えますが、そのあと仲章は「いなければ?」と。。
政範が突然の病で死んで、朝雅が鎌倉へ凱旋すれば必ず時政はあなたを執権にするだろうと。
そして何かを渡します。こわーーい

1204年11月3日、政範たちが京都に入りました。

しかし、その政範は京へ入ってから二日後に突然この世を去ります。
享年16。急な病とされていますが毒殺とかじゃないんでしょうか?16才という元気盛りがいきなり死にますかねえ・・。

後鳥羽上皇の思い通りに動かしやすい平賀朝雅を執権にするために、鎌倉からやってきた16歳の男の子を殺ろしたのでは??

 

(鍋)

結婚することになったもののピンとこない実朝は、あるとき和田義盛に誘われます。
当初は実朝は「御所を離れるわけにはいきません!」って言いますが、和田さんが「ないしょだ、ないしょ!!!!」と。。。子供のいたずらか??
そして、そこを通りかかった小四郎も合流し和田家で鹿鍋を食べることになります。
その席で実朝は義盛と巴の実に仲睦まじい姿を目にします。

(義時再々婚の動き)
一方、義時にも縁談の話が持ち込みます。二階堂行政から、「もらってやってくれんか。気立ての優しい子なんだ。頼むよ。非の打ち所がない。身内が言ってるんだから、間違いない」と孫娘ののえを勧められたのです。
最初は渋る義時ですが、ここは八田知家に協力を仰ぎ見極めを頼みます。


鎌倉御所、庭で。義時はのえと初対面します。
のえは石橋山の戦いに興味があり、義時の肩についた紅葉の葉にも気付きます。
その態度に義時は心を奪われます。

隠れて見ていた知家も「非の打ち所がない」「裏表なし。あれはそういうおなごだ」などと太鼓判を押します。

義時はのえを自宅に招き、きのこを贈ります。のえは「きのこ!大好きなんです!ありがとうございます」と喜び。義時の息子2人とも、すぐに意気投合します。
こうして義時は、のえとの結婚を決め、政子に報告します。

しかし、義時の息子の泰時は、まだ継母の比奈が出て行ったばかりであり、比奈が出て行ったのも義時の自業自得ではないかと言い出します。
これには義時も怒り泰時に攻め寄ります。
そこに泰時の妻・初が割って入り、泰時にビンタをかまします。もうなんだか。。。。

 

三浦義村という男)

一方、こちらは執権時政の館。

時政は、三浦義村を呼び話を持ちかけます。「もし北条が畠山と一戦交えることになったとして、お前はどっちに加勢する?」と。
義村は一呼吸置いて「決まってるでしょう」と答えます。

「どっちの味方になるか」をはっきりと言わないところが義村らしいなあ。

 

(本当の姿??)

ある日、泰時が御所に向かい実朝に馬の稽古が始まることを告げに行きます。
実朝は、政子が三善康信に置くように頼んでいた歌集をみつけ目を通すと・・・目が輝きます。何かを感じたんですね。

さて、第一印象の好感度抜群の、のえですが、泰時はその裏の顔を見てしまいます。 

泰時が侍女の部屋の前を通り掛かると、のえの声が・・。

泰時が思わず覗くとあぐらをかいた姿で「きのこ。持っていきな。どうぞどうぞ、私、嫌いだから。御所の女房はもうおしまい。小四郎殿に嫁ぐってことは鎌倉殿とも縁者ってこと。侍女たち、控えよ、控えよー!」と・・これ田舎のヤンキーの集まり同然!!

 

そしてそのまま今回のドラマ終了。。。この終わり方、、、やるなあ!!
頼家や善児殺害の殺伐とした前回と対照的に、ほのぼのとした内容のでしたが、どうしてどうして。。今回もたくさんの修羅の伏線がありましたねえ。
執権となって賄賂をもらったり、自分の主張を強引に通す堕落していく北条時政、時政に疑念を抱く畠山重忠。色々ありそうな平賀朝雅、りくと時政の息子・北条政範の京での急死。
いやああ、もうドロドロです。。。次回はどうなることか・・