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大河ドラマ「鎌倉殿の13人」ネタバレあらすじ 第45話「八幡宮の階段」

鎌倉殿の13人の第45話「八幡宮の階段」の平均視聴率は6.2%でした。
まあ、これは裏番組がテレビ朝日系でサッカー・ワールドカップ(W杯)カタール大会の1次リーグE組日本×コスタリカ戦で、これが平均視聴率は世帯42.9%だったので仕方ないです。

それでは、ストーリーを見ていきましょう。

 

【あらすじ】

1219年1月27日、雪が降り積もる中、京都から大納言ら公卿を招いて鶴岡八幡宮で行われた3代鎌倉殿・源実朝の右大臣拝賀式が終了しました。

 

(暗殺の黙認)

実朝が外にでると、巫女のおばばが「天命にさからうな」と言いました。

このとき実朝暗殺を企む甥の公暁は門弟たちと木陰に潜んでいました。

大階段下に大勢の御家人が集まる中、北条義時三浦義村の肩を叩きます。三浦義村は、参列していたはずの義時がなぜここにいるのか驚きます。

義時は、自分の役を源仲章に横取りされたのでした。
義時は、公暁の居場所を尋ね、また実朝暗殺計画を察知していることを伝えます。
さらに「鎌倉殿は、私に憤っておる。公暁殿がもし失敗したら私は終わりだ。」と告げます。

三浦義村と義時は、これから実朝暗殺が起こるかを知っているのに、それを未然に防ごうと動きません。

すると、義時の息子の泰時がやってきて「父上。どうしてここに??父上はここから動かぬよう。公暁殿は、父上の命も狙っております。」と言い、実朝暗殺を防ぐために警護に行こうとします。
しかし、義時は泰時の腕をつかんで、静かに「聖なる儀式の邪魔をしてはならん。」と言い実朝暗殺を黙認する構えです。

 

(暗殺)

式を終えて楼門から出てきた実朝、公卿、そして源仲章が階段を降ります。

すると、鶴岡八幡宮の階段にある隠れ銀杏から飛び出した公暁が、「よしとき~」と叫び、一行を襲います。
公暁は、式の太刀持ちが、狙っていた北条義時だと思い込んでいました。しかし、義時が担当するはずだった太刀持ちは、直前に源仲章が自分から希望して交代していました。
途中で、公暁は、義時ではなく源仲章だったことに気がつきましたが、かまわず切りつけます。こうして源仲章は義時と間違われて刺殺されたのです。

続いて公暁は、実朝と向き合います。実朝は一瞬、刀を抜こうとしますが、定めを受け入れ、泰時からもらった刀を捨てて、公暁に頷きます。

それを見た公暁は、源実朝を斬り、「親の敵をとったぞ」と叫びました。

それを見ていた義時は「切り捨てよ」と冷たく言い放ち、それを合図に、警護の御家人たちが公暁や門弟を取り押さえようとします。
しかし公暁は、どうにか逃げのびます。
このとき、公暁20才、実朝28才でした。
「実朝暗殺」という大事なクライマックスが前半の10分で終わりました。

おっさんは実際に実朝が暗殺された鶴岡八幡宮の階段に何度も行きました。
詳細は下をクリックして御覧下さい。

 

(暗殺後)

三浦義村は、切られた源仲章を見て義時の代りに死んでくれたと言い、時盛は今回の
事態を「兄上は、天命に守られた。」と言います。

 

大江広元が「ご無事でなによりでした。源仲章殿には災難でしたが、おかげで一つ手間が省けました。」というと義時は「どうやら、やらねばならぬことが私にはあるようだ。」と答えます。

 

政子たちのもとに実朝が公暁から暗殺されたという知らせが届きます。

実衣は「公暁は必ず討ち取りなさい。御所の正面に晒すのです。」と言いますが、政子は「公暁は、頼朝さまと私の血をひいているのです。命は助けてあげましょう。」と言います。
それを聞いた義時は「公暁は、謀反人でございます。尼御台はそのようなことを言ってはなりません。」とたしなめます。
それを聞いた政子は「公暁を殺しても、実朝は喜びません。」と言います。

それぞれの感情が入り乱れる中、実朝の妻・千世がやって、実朝が残し別れの歌の存在を知ります。和歌で、実朝の思いを伝えてくれるというこの演出・・やりますねえ・

 

一方、三浦館では、三浦義村が「誰よりも早く、若君を見つけだせ。見つけ次第殺すんだ。我らが謀反に加担していたことがバレたら、三浦は終わりなんだ」と叫んでいました。

 

公暁暗殺)

その頃、公暁は御所に忍びこみ、おばあさんである政子に逢い、自分は鎌倉殿の4代目であると言い、鎌倉殿の証である髑髏を見せます。

 

一方、義時は三浦義村を訪れ、義時が公暁を焚きつけたのではないかと問います。

義村は、「公暁を焚きつけ、実朝を殺してっぺんに上ろうとおもった・・・お前を見ていて嫌になったんだよ。今のお前は、力にしがみついて、おびえている。そんな姿を見て、誰がとって変わろうと思う。」と言います。

義時が「私には、もう怖いものはない。天も味方してくれている。これからは、好きにやらせてもらう。」というと義村は「頼朝気取りか。言っとくが、これで鎌倉はガタガタだ。せいぜい馬から落ちないように気を付けるんだな。」と言います。落馬がもとで死去した頼朝を揶揄しています。

さらに帰ろうとする三浦義村に「公暁が私を殺そうとしたことは、知っていたのか。私に死んで欲しかったのではないのか?」と問います。

義村は「お前を殺すことを知っていたら、公暁をその場で殺していたよ。」と言いますが、義村が事実と違うときにつかうクセが出ていました。

 

三浦義村が三浦館に戻ると、公暁がやってきていました。京都の円城寺に行き体制を整え、ふたたびまた鎌倉に戻るという構想を打ち明けます。それを聞いていた義村ですが、三浦が今回の謀反に加担していたとしゃべられると、困るので公暁の背後にまわりブスリと刺し殺します。これで頼朝の血を引く流れが途絶えました。

 

やがて御所に御家人が集まりました。三浦義村公暁の首桶を持ってきて「御検分下さい」と言い、義時が首を確認すると、「鎌倉殿の敵は、この三浦義村がとってくれたぞ」と叫び、義村も「これからも、三浦一門は鎌倉のために命がけで働く所存にまいります。」と。なんという茶番・・

 

  (思惑)

その後、泰時が義時こう言います。

「あの時、父上は何故に腕をつかんだのですか?父上は、鎌倉殿の死を望んでいた。父上が鎌倉を思い通りにするなら、私が阻んでみせます。」すると義時は「面白い。受けてたとう。」とこたえます。

実朝暗殺の知らせは京都の後鳥羽上皇の元に届きました。

頼仁親王の鎌倉殿就任を白紙にしようとの考えがでていました。

また鎌倉では北条がやりたい放題の状況であるという意見も出ていました。

 

(次の鎌倉殿)

一度に子供の実朝、そして孫の公暁の死を体験した政子は自害しようとしますが、トウが止め「自ら死んではならぬ」と告げます。それを聞き政子は泣き崩れます。

 

鎌倉御所では、頼仁親王を鎌倉殿として迎えるかどうかで意見が割れました。泰時や時房は、迎え入れ派でしたが義時は「向こうから断ってもらうように仕向けたい。一日も早く、頼仁親王に鎌倉に来て欲しいと急かすのだ。上皇様は、必ず断ってくる。」と言います。

 

実朝と公暁の死で、チャンスをつかむのではと期待している人がいます。
実衣です。実衣は、全成との自分の子である阿野時元を鎌倉殿にさせようと考えます。阿野時元は、いまや鎌倉で源氏の血を引く唯一の人間となったからです。

 

政子は息子と孫を一度に喪失したショックでうちのめされ伊豆に帰ろうと考えます。
しかし義時は「姉上は、頼朝さまの妻。頼朝さまの威光を示せるのは、あなただけだ。これまで以上に、あなたの力は強まります。今こそ、北条の鎌倉をつくるのです。邪魔するものは、もう誰もいない。姉上にはとことん付き合っていただきます。鎌倉の闇を断つために。頼朝様から学んだのは、私だけではない。我らは、一心同体です。これまでも。この先も。」と言います。これは政子=尼将軍の布石ですね。

 

そして、義時は運慶に自分に似せた仏像を作らせるように命じました。「天下の運慶に自分の像をつくらせる。頼朝さまでも出来なかったことをなしとげたい。」と言い、
期日はいつでもいいが、一人で作るように指示し、運慶もそれを承諾します。
義時がだんだん変わってきました・・。(つづく)