江戸時代初めの1612年4月13日、
関門海峡に浮かぶ巌流島で、
宮本武蔵と佐々木小次郎の戦い=巌流島の戦いが
行われました。
それにちなみ、4月13日は「決闘の日」となりました。
戦いから412年たった2024年(令和6年)4月13日に
戦いの地・巌流島で開催された
佐々木小次郎の慰霊祭=舟島祭に参列してきました。
(巌流島)
巌流島は、山口県下関市と福岡県北九州市門司区の間にある関門海峡に浮かぶ小さな
無人島です。下の地図の赤丸部分。かつて舟の形をしていたことから舟島と呼ばれていました。
江戸時代初めの1612年、豊前小倉藩の小倉城下で道場を開いていた佐々木小次郎に、
諸国を修行中だった宮本武蔵が決闘を申し込み、巌流島で戦いました。
宮本武蔵は、島にわざと遅刻し、佐々木小次郎をイライラさせ平常心を失わせ、倒しました。
その後、戦いに敗れた佐々木小次郎の流儀「巌流」をとって巌流島と呼ばれるように
なりました。
(決闘から412年の舟島祭:2024年・令和6年4月13日)
さて、決闘から412年となった2024年(令和6年)、巌流島で、亡くなった佐々木小次郎を偲ぶ舟島祭が開催されたので参列してきました。参列者は80名ほどでした。
舟島祭は、巌流島にある舟島神社での例祭と、佐々木小次郎の碑の前での慰霊祭の
2部構成でした。
’(第一部:舟島神社での霊祭)
まず、10時15分から巌流島にある舟島神社で霊祭が行われました。
10時15分に始まった舟島神社前での例祭は30分で終了し、佐々木小次郎の慰霊碑に会場を移動します。
舟島神社に関しては下をクリックしてどうぞ👇
(第二部:佐々木小次郎慰霊碑での慰霊祭)
続いて11時くらいから、近くの佐々木小次郎碑で慰霊祭が行われました。
慰霊碑の前でお茶をたてて奉納する献茶がありました。
佐々木小次郎の剣術を受け継いでいるというNPO法人「武道
(お土産を頂きました)
今回も、彦島八幡宮より舟島祭参列という事で品々を頂きました。有難うございました。
中身は。。
これは、地元の銘菓「巌流焼き」と「おそいぞ武蔵」というどら焼きでした!
なんというネーミングセンス!!下関銘菓だそうです。
<<今回、舟島祭が行われた巌流島への行き方>>
本州からは山口県下関の唐戸からフェリーが、九州からの場合は福岡県北九州市門司区門司港からフェリーが出ていて、いずれも10分ほどで到着します。
佐々木小次郎の慰霊祭=舟島祭は40年ほど途絶えていましたが2003年(平成5年)に再び始まり、小次郎の命日とされる4月13日に近い土曜日に、彦島自治連合会が新型コロナウイルス禍の間も欠かすことなく毎年開いてきました。
・・・ということで
宮本武蔵と佐々木小次郎が巌流島で戦った
4月13日から412年後の2024年(令和6年)
戦いの地・巌流島で開かれた
佐々木小次郎慰霊祭に参列してきました。