日刊  おっさんの人生これから大逆転だぜえ!(日本史+史跡+旅情報)

普通の会社員の“おっさん”が、パワースポットや史跡、戦跡を巡った記録です。旅行に出かけるときの参考にしてね! 史跡や歴史から学び 運気を上げて、“人生大逆転”を狙います。

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地域の史跡・観光地-中国・四国・九州

7月25日 米軍が小学校を攻撃し爆弾を投下し機銃掃射を浴びせ児童の4分の1が死亡! ~大分県保戸島の惨劇~

7月25日、小学校が米軍の空襲をうけ、児童の4分の1が死亡するという大惨事が起きました! (保戸島)瀬戸内海と太平洋をつなぐ豊後水道に浮かぶ保戸島。大分県津久見市にある周囲4キロの小さな島です。 戦前、保戸島は、マグロ漁で栄えた豊かな漁村で、2200…

関門の守りを担った山口県下関市小月飛行場の第十二飛行士団

太平洋戦争当時、山口県下関市東部の松屋地区には関門の守りを担っていた陸軍の小月(おづき)飛行場がありました。 (小月飛行場)小月飛行場は王喜村(おうきそん)松屋の海岸を埋め立てて建設されたもので1940年(昭和15年)3月に完成しました。当初は民間の「…

鎌倉時代に博多湾で見つかった人魚を埋めた人魚塚に行ってきた ~福岡市博多区龍宮寺~

福岡市博多駅近くのお寺に人魚の塚があるそうです。え!!人魚の塚!!??本当かあ~・・ということで行ってきました。(人魚塚がある竜宮寺)人魚の墓があるのは、龍宮寺。博多駅から徒歩20分程度、地下鉄祇園駅のすぐにあるお寺です。 これが博多湾でみ…

幽霊の掛け軸を見た!!~山口県下関 永福寺:7月17日幽霊まつり~

枕元に出てきた幽霊を描いたという“幽霊が描かれている掛け軸”を見てきました。 (幽霊が描かれた掛け軸)2024年(令和6年)7月17日(水)、山口県下関市の永福寺で幽霊まつりが開催され、そこで1年に1回だけ公開される幽霊が描かれている掛け軸を見てきま…

博多祇園山笠でおなじみ 博多の総鎮守・櫛田神社

福岡市にある櫛田神社。夏に行われる博多祇園山笠のフィナーレである追い山の出発地として、全国ニュースで必ず登場する神社です。 (博多駅徒歩15分程度)櫛田神社は、JR博多駅から歩いて15分ほどで行ける場所にあります。そこでこの前、博多に行ったときに…

2024年(令和6年)太宰府天満宮の七夕かざりと風鈴 七夕は五節句の1つですよ

7月7日は七夕・・・。九州・福岡県にある太宰府天満宮では、色とりどりの七夕のかざりと風鈴が見事でした。 2024年(令和6年)7月1日から7日まで、学問の神様・菅原道真を祀る太宰府天満宮の境内には、太宰府市内の園児や高齢者施設の入所者らが書いた短冊を…

初代門司駅の遺構の工事が始まり、歴史的に価値ある遺構が消滅しようとしています ~初代門司駅の遺構の何がどう価値あるのか、現地写真とともに紹介~

初代門司駅遺構で工事が始まりました。歴史的に貴重な遺構がなくなろうとしています!! (歴史的に貴重な遺跡:初代門司駅の遺構が出土)2023年(令和5年)秋、JR門司港駅近くで、歴史的に貴重な遺構が見つかりました。1891年(明治24年)に開業した九州鉄…

1万円札の肖像・福沢諭吉が18年間過ごした福澤諭吉旧居 ~大分県中津市~

1万円札の肖像画として有名な福沢諭吉。その福沢諭吉に変わり2024年(令和6年)7月3日に、新しい1万円札が登場します。・・と言うことで、1万円札の男・福沢諭吉が過ごした大分県中津市の旧宅に行きました。 (中津が産んだ偉人・福沢諭吉)中津は福沢諭吉が…

2024年(令和6年)6月30日太宰府天満宮の夏越しの大祓(水無月の大祓)に参加

2024年(令和6年)の半分となる6月30日、太宰府天満宮で行われた夏越しの大祓=水無月の大祓に参加してきました。 (夏越しの大祓)宮中や全国の神社では、毎年6月30日に「夏越しの大祓」と12月31日に「年越しの大祓」が半年ごとに斎行されています。大祓式…

3年間限定の特別な建築「太宰府天満宮 仮殿」(2023年:令和5年ー2026年:令和8年)

2023年(令和5年)から2026年(令和8年)、太宰府天満宮は3年間限定の仮本殿です。 (いつもと違う太宰府天満宮の本殿)2024年(令和6年)6月に福岡県太宰府市にある太宰府天満宮に行ったとき、あれ??と思いました。何か違うなあと感じ、よく考えたら本殿が…

ひめゆり部隊(ひめゆり学徒隊)の足跡を追う

沖縄戦で有名なひめゆり部隊(ひめゆり学徒隊)。沖縄にある彼女たちに関する史跡を紹介します。 太平洋戦争中の1945年(昭和20年)4月1日、米軍上陸部隊が沖縄本島に上陸しました。 沖縄戦の始まりです。 【沖縄戦を告げる日本ニュース】 (市民を巻き込ん…

6月23日 沖縄戦で第32軍司令部司令官・牛島満中将、参謀長・長勇中将自決 ~沖縄戦での日本軍の組織的戦闘の終焉~

6月23日、沖縄戦で第32軍司令部司令官・牛島満中将、参謀長・長勇中将が自決しました。 そして沖縄での日本軍の組織的戦闘が終了しました。 (第32軍司令部) 第32軍は、1944年(昭和18年)3月22日、沖縄方面防衛のために創設され、翌年の1945年(昭和20年)3月…

6月21日 隠れていたひめゆり部隊(ひめゆり学徒隊)が米軍から銃で攻撃を受け、手りゅう弾で自決!!~沖縄本島南部の荒崎海岸にある、ひめゆり学徒散華の地~

6月21日、沖縄戦で海岸部に逃げていた、ひめゆり部隊の一部が、米軍の攻撃を受けて追い詰められ手榴弾で集団自決をしました。 (荒崎海岸での惨劇)沖縄南部の糸満市にある荒崎海岸。沖縄戦末期、この海岸一帯には、敗走し南へ南へと逃げた住民が避難してい…

久留米陸軍墓地に残る戦争遺跡  色々行きました!

軍都として栄えた福岡県久留米市には、今も戦争遺跡が残っていて、見ることができます。今回は、久留米陸軍墓地周辺にある数時間で全部見ることができる戦争遺跡を巡ります。 (軍都として栄えた久留米市) 福岡県の中部にある久留米市は、18999年(明治 22…

6月14日、糸満市字伊原の沖縄陸軍病院山城本部壕(サキアブ)の入り口に米軍が直撃弾を!

6月14日、ガマを利用した沖縄陸軍病院山城本部壕が米軍の爆撃を受け衛生兵や従軍していたひめゆり学徒隊の生徒が命をおとしました。米軍が医療施設を攻撃し死傷者が出たのです! (陸軍病院が移転)沖縄戦が始まろうとしていた1945年(昭和20年)3月23日、沖…

6月13日午前1時、沖縄方面根拠地隊司令部太田實少将以下の幕僚6名が自決。海軍の組織的戦闘が終了 ~沖縄戦で使用されたままの形で残る旧海軍司令部壕・自決した手りゅう弾の跡も!~

6月13日午前1時、沖縄方面根拠地隊司令部太田實少将以下の幕僚6名が、自決し、海軍の組織的戦闘が終了します。旧海軍司令部壕には、自決したときの手りゅう弾のあとが残っています。 (沖縄戦の半年ほど前に完成した海軍司令部壕) 旧海軍司令部壕は、沖縄…

【郷土料理をその土地で食べる!】おっさん出雲そばの本場・出雲で十割の出雲そばを食す  ~出雲大社に1番近い十割そば専門店「砂屋」~

本場・出雲で十割の出雲そばを食べてきました!!(日本三大そばの1つ)出雲そば・・岩手県の「わんこそば」、長野県の「戸隠そば」と並び、日本三大そばの一つに数えられるこの出雲そば。。おっさんは恥ずかしながら、出雲そばを食べた記憶がありません。…

6月1日、東洋1を誇る、福岡第一飛行場(雁ノ巣飛行場)設置 ~戦後マリリンモンローも訪れました~

1936年(昭和11年)6月1日東洋1を誇る水陸兼用の国際飛行場である福岡第一飛行場=通称:雁ノ巣飛行場が設置されました。(水陸兼用の国際飛行場)1936年(昭和11年)6月1日、福岡市玄界灘に面した場所に作られた福岡第一飛行場、通称、雁ノ巣飛行場は、水…

5月24日 義烈空挺隊出撃~沖縄にある義烈空挺隊が強行着陸した玉砕の地を訪問~

1945(昭和20)年5月24日、日本陸軍の義烈空挺隊が米軍に占領された沖縄の北飛行場に強行着陸をしゲリラ戦を繰り広げます。(義烈空挺隊とは) 義烈空挺隊は1944年(昭和19年)11月に結成されました。当時サイパン島が陥落しB-29による首都圏への爆撃が可能…

【検証「稲佐の浜で見る夕陽は本当に綺麗なのか?」】じゃあ行ってきました、そしてとにかく素敵でした(島根県出雲市稲佐の浜)

日本海に沈む夕陽が綺麗・・・ そんな話を聞き、じゃあ、どれくらい綺麗なのか実際に見てみようと言うことで夕陽の名所・島根県出雲市の稲佐の浜に行ってきました。(夕陽の名所:島根県出雲市稲佐の浜) 島根県出雲市の稲佐の浜。ここは出雲大社の西方1kmに…

5月10日 世界初の自治政府・隠岐島の自治政府 崩壊

1868年の5月10日、島根県の隠岐島にあった世界初の自治政府が崩壊します。隠岐騒動の終了です。 (隠岐島)島根県の隠岐島。島根半島の北方約50 kmにある島々で鎌倉幕府を倒そうとした後鳥羽上皇や後醍醐天皇が流された島として知られています。幕末、隠岐島…

SLやまぐちが転車台で方向転換するのを間近で見ることができます(島根県津和野駅転車台)

SLが方向転換する転車台・・ JR津和野駅では、その様子を目の前で見ることができます。(2024年:令和6年SLやまぐち2年ぶり復活!)2024年(令和6年)5月3日に、新山口と津和野を結ぶSLやまぐちが2年振りに復活しました。 ということで、おっさんは2024年…

2年振りに復活したSLやまぐちに往復で乗ってきました 乗車した人にしかわからないチケット獲得方法も紹介 ~SLやまぐち乗車体験記~

2年振りに定期運行が復活したJR山口線の観光列車「SLやまぐち号」に往復で乗ってきました。車内や道中、さらに乗った人にしかわからないチケット獲得につながる情報も紹介! (2024年:令和6年5月、SLやまぐち2年ぶりに復活) SLやまぐちは、新山口駅と津和…

5月4日 戦友のために医薬品を島に落とし、そのまま突入した安部正也さん出撃 【妹さんの証言付き】

知覧から特攻に出撃したものの、整備不良で黒島に不時着。その島で見つけた瀕死の戦友のために、島から手漕ぎの船で30時間以上かけて鹿児島に戻った兵士が、1945年(昭和20年)5月4日、知覧から再び特攻出撃。その途中に島に医療品を投下し、その後、特攻に向…

壇ノ浦で滅びた平家の女性・海御前が祀られている水天宮(かっぱ神社):福岡県北九州市門司

壇ノ浦の戦いで身を投げた平教経の妻の海御前を祀った水天宮が、壇ノ浦の海岸近くにあります。しかもこの海御前は、河童の総帥に転生したそうです。(大積神社の一角にある水天宮)福岡県北九州市大積(おおつみ)地区。大積柄杓田1号線という道路が通ってい…

東洋一の大刀洗飛行場の跡地に今も残る戦争遺跡の数々・・実際に歩いて見てきました

かつて東洋一と言われた陸軍大刀洗飛行場。その跡地には、今も当時の名残が残っています。 (太刀を洗ったことから由来) 福岡県にある大刀洗(たちあらい)。この地名は、昔、神功皇后が西域平定に夫の仲哀天皇とともに九州入りしたとき、ここで太刀を洗っ…

東洋一の大刀洗飛行場の跡地に建つ筑前町立大刀洗平和記念館 ここには唯一の九七式戦闘機と零戦三二型、さらに震電の実物大レプリカも!

かつて東洋一を誇った陸軍大刀洗飛行場。その跡地には、大刀洗平和記念館があります。ここには、日本で唯一の陸軍九七式戦闘機や海軍零式艦上戦闘機三二型、さらに幻の戦闘機・海軍局地戦闘機・震電の原寸大レプリカが展示されています。 (大刀洗) 「大刀…

発売初日にゲット成功!【SLやまぐちを予約したい人へ】私がやって成功率100%のSLの予約方法 ~SLやまぐちのチケットを手に入れるための最も効果的な方法~

2024年(令和6年)5月に復活するSLやまぐちのチケットを往復分入手しました。SL人吉のときも含めて成功率100%の獲得方法を紹介します。 (2024年:令和6年5月3日SLやまぐちD51 でのけん引再会) 2024年(令和6年)5月3日、JR西日本の山口線の観光列…

高杉晋作の158回忌「東行忌」:2024年(令和6年)4月14日(日)、高杉晋作の命日に墓前での慰霊祭=東行忌に参列

2024年(令和6年)4月14日(日)は、高杉晋作の命日・東行忌です。晋作を偲ぶ158回忌に参列してきました。 (開催地・東行庵) 高杉晋作の慰霊祭=東行庵158回忌が開催されたのは、山口県下関市にある東行庵(とうぎょうあん)です。この東行庵は、1884年(…

4月13日 巌流島の戦いの日=決闘の日 巌流島で開催された佐々木小次郎慰霊祭参列=舟島祭参加 2024年(令和6年)4月13日(土)

江戸時代初めの1612年4月13日、関門海峡に浮かぶ巌流島で、宮本武蔵と佐々木小次郎の戦い=巌流島の戦いが行われました。それにちなみ、4月13日は「決闘の日」となりました。戦いから412年たった2024年(令和6年)4月13日に戦いの地・巌流島で開催された佐々…