日刊  おっさんの人生これから大逆転だぜえ!(日本史+史跡+旅情報)

普通の会社員の“おっさん”が、パワースポットや史跡、戦跡を巡った記録です。旅行に出かけるときの参考にしてね! 史跡や歴史から学び 運気を上げて、“人生大逆転”を狙います。

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地域の史跡・観光地-中国・四国・九州

高杉晋作の158回忌「東行忌」:2024年(令和6年)4月14日(日)、高杉晋作の命日に墓前での慰霊祭=東行忌に参列

2024年(令和6年)4月14日(日)は、高杉晋作の命日・東行忌です。晋作を偲ぶ158回忌に参列してきました。 (開催地・東行庵) 高杉晋作の慰霊祭=東行庵158回忌が開催されたのは、山口県下関市にある東行庵(とうぎょうあん)です。この東行庵は、1884年(…

4月13日 巌流島の戦いの日=決闘の日 巌流島で開催された佐々木小次郎慰霊祭参列=舟島祭参加 2024年(令和6年)4月13日(土)

江戸時代初めの1612年4月13日、関門海峡に浮かぶ巌流島で、宮本武蔵と佐々木小次郎の戦い=巌流島の戦いが行われました。それにちなみ、4月13日は「決闘の日」となりました。戦いから412年たった2024年(令和6年)4月13日に戦いの地・巌流島で開催された佐々…

巌流島(舟島)の守り神・舟島神社

宮本武蔵と佐々木小次郎が戦った巌流島。この島に1つの神社があります。舟島神社です。 (巌流島唯一の神社:舟島) 関門海峡に浮かぶ巌流島、正式名所は船島です。 巌流島(船島)の桟橋から徒歩1分程度のところに島の守護神である舟島神社があります。 こ…

4月8日、沖縄戦最大の激戦「嘉数の戦い」始まる!~嘉数高台公園に今も残る戦いの跡~

1945年(昭和20年)4月8日(7日説もあり)日米両軍が激しい地上戦を行った嘉数の戦いが始まりました。日本軍6万4,000人、米軍2万4,000人の戦死傷者を出した沖縄戦最大の激戦地の1つです。(数字には諸説あり)(嘉数の戦い) 沖縄本島中部の宜野湾市にある嘉数…

長崎市内にある、わが国ボウリング発祥の地

長崎ちゃんぽんで有名な長崎市松が枝町の「四海楼」の建物近くの植え込みに、「わが国ボウリング発祥の地」の記念碑があります。 (長崎市に建つ わが国ボウリング発祥の地碑) 「わが国ボウリング発祥の地」という石碑は、路面電車の「大浦天主堂下」で降り…

日本の鉄道発祥は長崎!!~長崎市にある“我が国鉄道発祥の地碑“~

長崎市に「我が国鉄道発祥の地碑」があります。ん?ん?日本の鉄道発祥と言えば、1872年(明治5年)に新橋・横浜間で走った鉄道では?なぜ長崎が鉄道発祥の地なのでしょうか?? (我が国鉄道発祥の地)長崎県長崎市新地町、旧長崎英国領事館の北、長崎みな…

長崎市立山に残る長崎県防空本部(立山防空壕)

太平洋戦争末期の1945年(昭和20年) 3月に長崎駅の東方約1km、長崎公園の崖の下に立山防空後が作られ、ここに長崎県防空本部が置かれました。 (4本の横穴式)立山防空壕は4本の横穴式で、壕内には知事室や警察部長室、防空監視隊本部などが、配置されてい…

鳥栖駅のかしわうどんが絶品過ぎる!九州最初の立ち食いうどん中央軒のかしわうどんはお勧め!

九州で1番うまいと聞いたので行ってみた。鳥栖駅のホーム中央軒の、かしわうどんは、お勧め!!(九州最古の駅:鳥栖駅)佐賀県にある鳥栖駅は、鹿児島本線の駅で、同時にここから長崎本線が伸びている交通の要衝です。 鳥栖駅は、現在の鹿児島本線の前身で…

ひめゆりの搭に行き現地で何が起きたかを感じて下さい

沖縄戦で有名なものの1つに、ひめゆり部隊があります。沖縄戦末期に沖縄陸軍病院第三外科が置かれた壕の近くにひめゆりの搭があります。 (ひめゆり部隊とは)日本軍は終戦の前年、1944年(昭和19年)12月に沖縄県で15~19歳の女学生を中心に看護訓練を…

沖縄唯一の鉄道・ゆいレールに乗って来たよ!  

2023年(令和5年)11月、この当時、沖縄県を含めた南西諸島に唯一存在する鉄軌道路線である「ゆいレール」に乗ってきました!! (ゆいレールとは)ゆいレールの「ゆい」は、沖縄の方言「ゆいまーる」(「雇い回り」を語源とする村落共同労働を意味する言葉)…

日本最西端の駅・那覇空港駅

日本最西端の駅・那覇空港駅に行きました。 (那覇空港につながっている)那覇空港駅は、ゆいレールの出発駅です。 こちらが改札です。駅では交通系カードがつかえます。駅の改札を出ると那覇空港へと続く道があります。 那覇空港駅は、沖縄の空の玄関口・那…

鳥を見た!! エミューを知っているか!!佐賀県基山町のエミュー牧場:きやま・ファームに行ってみました。

ウルトラQで「鳥を見た」と言うタイトルの回があります。このたび、エミューと言う巨大な鳥を見ました。 (鳥を見た!)1966年(昭和41年)3月20日に放送されたウルトラQ 第12話「鳥を見た」。怪鳥ラルゲユウスと三郎の友情ストーリーで、ラストの三郎少年と…

JR久留米駅にある2つの発祥の地

JR久留米駅東口には久留米が生んだ有名な2つの物の発祥の地碑があります。 (福岡第3の都市・久留米市) 福岡県中部の都市・久留米市。久留米は、福岡県では福岡市、北九州市につぐ第3の都市で場所は以下の通りです。昔から商業の街として栄えてきました。 …

高杉晋作と坂本龍馬・青春交響の塔 (山口県下関市) 

山口県下関市の関門海峡を望む海岸には、「青春交響の塔」と呼ばれる高さ10メートルもある2本の剣の形をした塔があります。この塔には、高杉晋作、坂本龍馬といった幕末の2大エースのレリーフがはめ込まれています。 (高杉晋作の生誕164年の誕生日に完成)…

沖縄戦の最初の日米激戦地・宜野湾市の嘉数高台公園から徒歩10分ほどの住宅地にある「独歩二十三大隊慰霊碑」と「下田部隊慰霊碑」

沖縄戦で日米両軍の激戦が繰り広げられた嘉数の戦い。その戦いが繰り広げられた沖縄県宜野湾市の嘉数高台公園から徒歩10分ほどの住宅街に「62師団独歩23大隊慰霊碑」と「球14212 下田部隊慰霊碑」の2つの慰霊碑が隣り合うように建立しています。 (沖縄戦最…

沖縄に殴り込みをかけた義烈空挺隊、沖縄にある義烈空挺隊玉砕の地を訪れ慰霊をしてきました

1945(昭和20)年5月24日、日本陸軍は沖縄戦で、義烈空挺隊による「義号作戦」を行い米軍に占領された北飛行場に強行着陸をしゲリラ戦を繰り広げます。 沖縄にある義烈空挺隊玉砕の地を訪れました。 (義号作戦とは)義号作戦とは、すでに米軍に占領された沖…

【初代門司駅遺構どうなる?】明治時代に開業した初代門司駅の遺構には歴史的な価値がある貴重な物が残っています その遺構を現場で保存するかどうか、今揺れています・・【現場保存の署名もできます】

2023年(令和5年)秋、JR門司港駅近くの「門司港地域複合公共施設整備事業で、1891年(明治24年)に開業した九州鉄道の門司駅(初代門司駅)の遺構が発見されました。歴史的に貴重な物が残っているこの遺構ですが、北九州市は、ここに複合公共施設を造る予定…

ラストラン間近!!SL人吉に乗ったよ ~時を越えた感動・SL人吉の旅:2024年(令和6年)3月2日~乗った人にしかわからない事も紹介!

佐賀県の鳥栖駅と熊本県の熊本駅を走るSL人吉。2024年(令和6年)3月23日のラストランを前に3月2日(土)に鳥栖→熊本間に乗ってきました。実際に乗った人しか、わからない事などを紹介します(SL人吉とは)SL人吉は2024年(令和6年)現在、熊本駅と佐賀県の鳥…

沖縄県平和祈念公園内にひっそりと残る沖縄守備隊最期の地「第32軍司令部終焉の地」(摩文仁司令部壕)

糸満市にある平和祈念公園の片隅には沖縄戦で防衛を担った日本陸軍守備隊第32軍が最期を迎えた司令部壕が残っています。 (第32軍司令部終焉の地)現在、糸満市の平和記念公園にある黎明の塔。その脇にある海岸へと降りる階段を下りて行くと左側に壕がありま…

住民が遺骨を拾い集め作った、かつて沖縄県内最大の納骨堂・慰霊碑だった魂魄の塔

沖縄本島南部の糸満市米須にある戦没者の慰霊塔・魂魄の塔(こんぱくのとう)。終戦の翌年、住民が遺骨を拾い集め作ったかつて県内最大の納骨所・慰霊塔でした。 (魂魄の塔がある場所)地元在住の方にガイドをお願いし、沖縄戦跡巡りをしていた時、魂魄の塔…

南風原町喜屋武に建つ「南風原陸軍病院壕址の碑」 

米軍の艦砲射撃が始まった1945年(昭和20年)3月下旬から、本島南部への撤退命令が出された5月下旬まで使われた沖縄陸軍病院南風原壕。この壕は、黄金森と現在の南風原町役場近くの丘に掘られた人工壕の野戦病院でした。 (黄金の森にある南風原陸軍病院壕址…

ラムサール条約に登録された荒尾干潟(熊本県荒尾市)

「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」である、ラムサール条約湿地に登録されている有明海の荒尾干潟。 (有明海にある荒尾干潟) 九州の有明海・・・潮の満ち引きの差=干満の差が最大で約6メートルと日本一の海です。有明海は、全国…

ガイド付きで見学が可能、沖縄陸軍病院 南風原壕群20号

沖縄戦で野戦病院で何があったか、当時のまま残る沖縄陸軍病院南風原壕群20号は専属のガイドが壕内を案内してくれます。沖縄戦を学習する方は是非、ここを訪れて下さい。 ★沖縄陸軍病院 南風原壕群20号は、壕の外観も含め撮影は一切禁止です(2023年11月現在…

270メートルの洞窟に600人以上がいた糸満アブチラガマ

沖縄戦のときに、住民が避難したり病院の分室が置かれたガマの中に入り見ることができます。糸満市にあるアブチラガマです。 (糸満市にあるアブチラガマ)アブチラガマは沖縄本島南部の南城市玉城字糸数(なんじょうし・たまぐすく・あざいとかず)にある長さ…

沖縄戦の最中、足場が悪い山道を砲弾をくぐって命がけで重い食料を運んだ 飯上げの道

沖縄県南風原町にある陸軍病院壕と近くの集落を結ぶ「飯上げの道」と呼ばれる道があります。(沖縄陸軍病院)1944年(昭和19年)の10・10空襲後、沖縄陸軍病院は、那覇から南風原国民学校(現南風原小学校)に移ります。さらに翌年の1945年(昭和20年)…

沖縄戦最大の激戦「嘉数の戦い」が行われた嘉数高台公園に、今も残る戦いの跡

宜野湾市にある嘉数高台公園(かかずたかだいこうえん)。ここは上陸した米軍と迎え撃つ日本軍との激しい戦闘地上戦が繰り広げられた大激戦地です。そして今も当時を物語る戦いの跡が残っています。 (嘉数の戦い)沖縄本島中部の宜野湾市にある嘉数高台公園…

今も遺骨が残る・・沖縄戦で集団自決で80名以上が命を落とした読谷村のチビチリガマ

沖縄県読谷村にあるチビチリガマ。ここでは沖縄戦で、80名以上が自決をするという大惨事が起きました。そして、ここには今もなお遺骨が残っている事から遺族会によって立ち入りが禁止されています。 (チビチリガマ一帯は神秘的な雰囲気)沖縄県読谷村にある…

2024(令和6年)2月10日:中国の旧正月・春節を祝う長崎の冬の風物詩・長崎ランタンフェスティバル点灯式に行ってきました。美しい光の祭典を満喫!~ランタンフェスティバルの見どころと効率的に見る戦略や楽しみ方を紹介~

2024年(令和6年)2月9日(土)九州・長崎市に行きました。この日、18時に長崎市の新地中華街などで開幕する長崎ランタンフェスティバルの点灯式を見るためです。 (長崎の冬の風物詩・長崎ランタンフェスティバル)長崎は、昔から中国との交流があったた…

沖縄県庁最後の地 轟壕 ~ここで米軍はガソリンや爆薬が入ったドラム缶を投げこむ「馬乗り攻撃」をしました~

沖縄本島南の糸満市伊敷にある轟壕(とどろきごう)。ここは全長100メートルほどの自然洞窟で、「沖縄県庁最後の地」と言われています。(沖縄県庁最後の地)轟壕は、沖縄戦が始まる前から地域住民の避難場所として使用されてきました。そして沖縄戦が始…

ひめゆり部隊(ひめゆり学徒隊)が手りゅう弾で自決した終焉の地「荒崎海岸」:沖縄本島南部の荒崎海岸にある、ひめゆり学徒散華の地

沖縄戦で、有名なひめゆり部隊。ひめゆり部隊終焉の場所は,現在ひめゆりの塔がある場所が有名ですが、それ以外にもあります。沖縄本島南部の糸満市の荒崎海岸では、ひめゆり部隊の10名程度が手りゅう弾で自決しています。その散華の場所を訪れました。 (荒…