日刊  おっさんの人生これから大逆転だぜえ!(日本史+史跡+旅情報)

7年連続・2600日以上毎日更新中。全国の戦跡・史跡に足を運び、「当時の一次史料」と「現地映像」も交え発信。歴史に学び、人生大逆転を目指します。

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福岡に静御前の墓?田んぼの中にひっそり残る“案内板なしの史跡”を現地確認

京都で舞い、悲劇の人生を歩んだ白拍子——静御前

源義経の愛妾として知られ、
京都では後白河法皇の前で舞い、
鎌倉では源頼朝の前で舞ったことで知られる、
歴史に名を残す女性です。

その墓が、
なぜか九州・福岡県福津市にあるのをご存じでしょうか。

しかも場所は、観光地でも史跡でもなく、
田んぼの片隅。案内板すらありません。

今回は、福津市の生家(ゆくえ)地区に伝わる
「静御前の墓」とされる場所を、実際に訪ねてきました。


源義経の愛妾として知られる静御前。
源義経と吉野山で別れた後の足取りは、はっきりとは分かっていません。

しかし、この地には“もう一つの物語”が残されています。

伝承によれば、静御前は九州へ下り、宗像大宮司の別邸に匿われながら、義経との再会を待ち続けたといいます。

その想いを詠んだとされるのが、この歌です。

わが君の 行くえも知らず、しずか川
流れの末に身をやとどめむ

愛する人の行方も分からぬまま、流れに身を任せるしかない——
この歌にちなみ、この地域は「生家(ゆくえ)」と呼ばれるようになったとも伝えられています。


その福津市生家には、静御前の墓があると伝えられています。
実際に現地を訪れてみると、そこには驚くほど“何もありません”。
案内板なし、標識なし。現場に行くのに迷ってしまいました。
目印も少なく、本当にここで合っているのか不安になるほどです。

田園風景の中にぽつんと現れる小さな敷地。そこにお地蔵さんがあります。

それが「静御前の墓」と伝えられているものです。
地元の方でしょうか、ピンクの服がかけられています。

整備された史跡とは違い、
この場所には“語り継がれてきた伝承”だけが静かに残っています。


さらに、この墓から西へおよそ200m進んだ場所には、もう一つの、静御前関係の伝承スポットがあります。

「臼杵の井戸」と呼ばれる井戸です 白い円柱状のものに囲まれています。この中です。

この井戸は、静御前が出産の際に産湯として使ったとされます。

伝承では、静御前は、この地で義経の子・臼杵太郎を産んだとも語られています。

墓と井戸をあわせて訪れることで、この地に残る静御前の物語がより現実味を帯びて感じられます。


<<静御前の墓と言われる場所への行き方>>
車で行きましょう 実にわかっりにくいです 道沿いの田んぼの一角の中にあります。
住所:福岡県福津市生家


なお、静御前の墓は日本各地に点在し、20ヶ所以上あるとも言われています。

その中でも福津市のこの場所は、観光地化されていないからこそ、当時の面影や土地の記憶が色濃く残る貴重な存在です。

歴史的な正確さだけでなく、人々が語り継いできた“もう一つの歴史”として見ると、この場所の見え方は大きく変わります。