歴史ファン必見!乃木希典夫妻の遺品が残る乃木神社
(宝物館には貴重な品々が・・・)
東京都港区赤坂にある乃木神社は、明治時代の陸軍大将・乃木希典(のぎ まれすけ)を祀る神社です。

この境内にある宝物館には、歴史ファンなら一度は見ておきたい貴重な資料が、無料で展示されています。
乃木神社の宝物館では、乃木希典の貴重な資料を間近で見ることができます。
乃木夫妻が殉死する直前に飲んだ最後の酒です。日本酒ではなく葡萄酒=ワインです。

こちらは辞世の句。


乃木希典のの信念と覚悟が詰まったこれらの品々を通じて、激動の時代を生きた乃木将軍の姿を感じることができます。
(乃木神社は乃木坂のすぐ近く)
乃木神社は、東京メトロ千代田線「乃木坂駅」からすぐの場所にあります。

(乃木希典とは)
乃木坂は、かつて、「幽霊坂」と呼ばれていました。

明治期に入ると赤坂一帯には軍人の邸宅が立ち並ぶようになり、乃木希典の邸宅もその1つでした。
乃木希典は、長州出身の陸軍軍人で、日清戦争では第一旅団長をつとめ台湾総督を経て、日露戦争では第三軍司令官として旅港攻略を指揮します。
その後、陸軍大将、軍事参議官をつとめ、また学習院院長として学生の教育にも貢献しています。
乃木希典の奥さんは「静子(しずこ)」さん。乃木将軍より10歳年下の鹿児島出身です。

乃木希典は日本初の女性専用電車を発案した方もあります。👇
(敗者を思いやる、世界が賞賛した乃木将軍の武士道)
乃木大将と言えば、日露戦争の旅順攻略後、ロシア軍との水師営での会見などで見せた武士道です。敗軍の将に恥を欠かせないという素晴らしい姿勢で、世界に賞賛されました。下をクリックして御覧下さい↘
(明治天皇に2度止められた自決)
乃木は今まで自ら命を絶とうとしたところを、2度、明治天皇に止められています。
1度目は、1877年(明治10年)2月、西南戦争で西郷軍との戦闘中に軍旗の旗手が戦死し軍旗は行方不明となりました。
軍旗を失うことは、当時の陸軍において連隊の名誉を失うことを意味しました。
この責任をとり当時の歩兵十四連隊を率いていた乃木希典は自決しようとします。
しかし明治天皇に止められます。
実際に当時の新聞も大きく報じています。

(出典:新聞集成明治編年史第三巻:国立国会図書館デジタルアーカイブス
https://dl.ndl.go.jp/pid/1920337/1/198)
2度目は、1904年(明治37年)におきた日露戦争での旅順要塞総攻撃のときです。
乃木は3回にわたって旅順総攻撃を行いますが、それでも旅順は陥落せず、多大な犠牲を生みます。
その責任で自らの命を絶とうとしますが、コレも明治天皇に止められます。
(乃木大将夫妻殉死)
1912年(明治45年)7月30日明治天皇が崩御します。

その年の9月13日、崩御した明治天皇の大喪が行われました。
下の写真は、明治天皇の大喪当日の午前10時に撮影された乃木夫妻です。
乃木夫妻は礼服をまとっています。

そして夜8時頃、崩御した明治天皇の後を追い妻・静子とともに自刃して亡くなります。
赤坂区議会では、乃木夫妻の死を悼み、「幽霊坂」を「乃木坂」へと改名します。
その後、1923年(大正12年)11月1日に乃木神社が創建されました。
また、乃木神社の境内地が乃木将軍夫妻の居住地であったため、当時の住居を「旧乃木邸」として展示しています。
ここでは乃木夫妻が殉死した居間を外から見ることができます。



<<乃木神社への行き方>>
乃木坂駅徒歩5分
住所:東京都港区赤坂8丁目11-27
歴史の重みを感じるこの場所に、
ぜひ足を運んでみてください。





