地域の史跡・観光地-関西・北陸
この巨大な石。 京都嵐山の天龍寺にあります。その名も硯石。 その名の通り習字で使う硯の形をした石です。 (天龍寺の硯石) 京都市右京区にある天龍寺。その庭園には大きな硯が縦型で置かれています。 硯石の高さは約2メートル。人間の身長よりも高いです。…
大阪の堺をあるいていたところ、公園を発見しました。 何の公園かなあと思っていたらなんと名前が「ザビエル公園」 まさかあのフランシスコ・ザビエルの名前かと思ったら・・・そうでした!! キリスト教を布教するために日本に来たフランシスコ・ザビエルで…
安土駅のすぐ近くに若宮八幡宮がありましたので、電車を待つ時間を利用して参拝してきました。 (「若宮神社」?「若宮八幡神社」?正式名は何??) この神社、上記写真のように石碑には「若宮神社」と書いてあり、その隣の鳥居には下の写真のように「若宮…
戦国時代、織田信長の城下町として栄えた滋賀県の安土。現在、安土駅南口には、近代相撲発祥の地を記念して、 白御影石で作られた2人の力士が取り組みをしている石像が設置されています。 (相撲好きの信長) 信長の相撲好きは有名らしく、当時、日本に来日…
上の写真、農家や民家ではありません。 滋賀県近江八幡市にある 安土城の近くにある新宮大社の拝殿です。 (安土城に行く途中の神社) JR安土駅から信長の居城だった安土城に行く途中に大きな森のようなところがあり、 気になったので立ち寄りました。 ご存…
おっさんが1度は行きたいなあと思っていた城、 織田信長が標高199mの安土山に築城した安土城です。 (安土が選ばれたのは・・・) 信長が安土を選んだのは、水の利と地の利だと考えられています。 当時の琵琶湖はまだ干拓が進んでおらず、現在よりも広く…
斑鳩最古の古墳は、小さな公園のような、本当に小さい古墳でした! 藤ノ木古墳を見た後、法隆寺駅まで歩いていたら田んぼの中に小山を発見! これは、古墳じゃないか?とピンときたおっさんは、田んぼの中に入らないようにあぜ道を歩き近づきました。 すると…
藤ノ木古墳の近く、住宅地の中に小さな神社がありました。 鳥居をくぐり階段を上ると・・ 見た感じ、神社と言うよりは「おうち」ですね。 子守神社は、子供の守護神の「子守神」を祀る神社で日本各地にあります。 ここには子守大明神が鎮座しています。 中は…
出典:国立国会図書館「近代日本人の肖像」 (https://www.ndl.go.jp/portrait/) 嗚呼 弟よ 君に死に給うことなかれ・・・ で有名な歌を詠んだ歌人・与謝野晶子。 この与謝野晶子が5月29日死去します。数え65歳。 (堺に生まれる) 与謝野晶子は、1878(明治1…
1615年5月8日、 大坂夏の陣で豊臣秀吉の息子の秀頼と、 その母淀殿が自害し豊臣家が滅亡します。 (豊臣秀吉死去、天下取りに動く家康) 1598年、豊臣秀吉は62歳で死去します。 この時、跡取りの豊臣秀頼は5歳の誕生日を迎える直前でした。 秀吉の死後、徳川…
「嗚呼 弟よ 君に死に給うことなかれ・・・」 で有名な歌を詠んだ歌人・与謝野晶子。 その与謝野晶子の像が、 南海電鉄堺駅の西、 住所で言ったら大阪府堺市堺区戎島町にありました。 これは与謝野晶子の生誕140年を記念1998年(平成9年)5月29日に建立され…
江戸時代に入って10年あまりの1614年4月16日、 京都府京都市東山区にある天台宗の寺・方広寺の鐘が 豊臣秀頼により鋳造されました。 この方広寺は、もともとは豊臣秀吉が奈良の東大寺にならって大仏建立した寺でしたが、燃えたので息子の秀頼が再建しました…
幕末、尊攘派による 初めての組織的な武力討幕運動をおこしたのが 天誅組です。 大阪・堺には、その天誅組が上陸したのを 記念した石碑「天誅組義士上陸遺蹟碑」があります。 (尊皇集団・天誅組) 天誅組は、土佐藩脱藩・吉村寅太郎などの尊皇攘夷派の志士…
清水寺近く、二年坂近くに、実に絵になるお寺がありました。 法観寺(ほうかんじ)、通称「八坂の塔」。 京都市東山区にある臨済宗建仁寺派の寺院です。 この五重塔と京都の町並み。。。実に絵になりますね。 実に雅です。。風流です。 (聖徳太子が関係する…
京都市東山区轆轤町にある真言宗智山派の寺院・六波羅密寺。 踊りながら念仏を唱える「踊り念仏」の市聖空也(いちひじりくうや)が、平安時代 中期の951年に造立したという「十一面観音」を本尊とする道場に由来していて、当初は「西光寺」と呼ばれていまし…
京都にある大徳寺は鎌倉時代の末期1315年に創立され、20を超える小寺=塔頭(たっちゅう)が集まっている禅宗の寺院です。 室町時代には応仁の乱にあい荒廃しましたが、一休和尚が復興。 桃山時代には豊臣秀吉が織田信長の菩提を弔うために総見院を建立して…
臨済宗大本山建仁寺の塔頭である正伝永源院が 冬限定の特別公開をしていたので行ってきました! (正伝院と永源庵が合体し建仁寺正伝永源院に) 建仁寺正伝永源院は、かつては正伝院と永源庵という別々の寺院でした。 正伝院は、鎌倉時代に中国から来日した…
幕末の1863年、3月13日、 京都の治安維持を担当する新撰組が結成されました。 1862年に結成された浪士組のうち京都に残留した芹沢鴨(36才)ら13名が京都守護職の松平容保の監督下に入り、新たに新撰組を結成しました。 新撰組は、将軍の護衛、京都の治安維…
2011年(平成23年)3月11日14時46分、 東日本大震災が発生しました。 (観測史上最大の地震) 東日本大震災の震源地は宮城県牡鹿半島の東南東沖130キロメートル で北緯38度06.2分、東経142度51.6分、深さ24 km。地震の規模はモーメントマグニチュード 9.0 。 …
12月も半分をさしかかり今年2021年(令和3年)もあと20日を切ったなあと思っていた 2021年(令和3年)12月14日(火)夜にツイッターのDMが来ていました。 よく見ると・・・。 あたったのです!! 豪華ホテル無料宿泊に当選!! 当選したのです!! こんなこ…
京都に、日本最初の天満宮という場所があります。 京都市上京区にある水火天満宮(すいかてんまんぐう)です。 この天満宮は、水難火難避けの神で、地元の人には「水火の天神さん」として親しまれています。 (平安時代に建立) 社伝によると、923年に比叡山…
2022年(令和4年)の冬に、普段は一般公開されていない寺が、特別に公開されると いうことで見て来ました。 京都市上京区にある臨済宗円通山本山の寺院・興聖寺」(こうしょうじ)です (興聖寺=織部寺) 興聖寺は江戸幕府が開かれた年=1603年に、虚応円耳…
江戸時代が始まったばかりの1607年2月20日、 京都で人気の歌舞伎踊りの創始者・出雲阿国が 初めて江戸でその芸を披露しました。 出雲 阿国(いずもの おくに)は、安土桃山時代の女性で「かぶき踊り」を創始した人です。 その踊りが全国的に大人気となり、や…
1996年(平成8年)2月12日午後8時50分、 歴史作家の司馬 遼太郎(しば りょうたろう)さんが腹部大動脈瘤破裂のため72歳で死亡します。 司馬遼太郎さんと言えば 歴史小説の第一人者。 「国盗り物語」「燃えよ剣」「龍馬がゆく」「花神」「坂の上の雲」 「飛…
2月1日は 1895年(明治28年)に日本初の路面電車が走った日です。 日本で最初の鉄道は新橋・横浜間というのは歴史の授業で学びますが、それは蒸気機関車。 一方、日本最初の電気鉄道は京都が発祥です。 京都電気鉄道株式会社が、1895年(明治28年)2月1日に開…
京都嵐山に行き JR嵯峨嵐山駅から竹林の小径に向かう途中に偶然見かけたのが、 光厳天皇髪搭。 光厳天皇!!あの光厳天皇です。生年月日:1313年8月1日~死没:1364年8月5日 (51歳) (なかった事にされた天皇) 少し説明しますと、鎌倉時代末期に、後醍醐天皇…
戦国時代、会合衆(えごうしゅう)と呼ばれる有力商人などによる自治組織が仕切り、貿易などのより商売が栄え、黄金の日々を謳歌していた堺。 この堺を舞台に海外貿易で財を成したのが呂宋助左衛門(るそん すけざえもん)です。 その呂宋助左衛門の像が、堺…
京都の有名な観光地・嵐山。 観光のニュースやTV番組には必ずと言って良いほど出てくる場所です。 ニュースや番組、あるいは観光雑誌に登場するものの、行った事がない人も多いのではないでしょうか? おっさんもこのたび、ようやく嵐山に行きました。 そこ…
鮮やかな朱色の太鼓橋。橋の反り具合もいいですねええ。 この太鼓橋があるのは、大阪住吉区にある住吉大社、全国におよそ2300社ある住吉神社の総本宮であり、摂津国一の宮、旧社格は官幣大社です。 住吉大社は、古くから「航海安全の神」「祓の神」「農耕の…
京都の観光地の1つ嵐山を紹介するとき、よく登場するのが、この橋。 渡月橋、「とげつきょう」です。 (桂川にかかる橋) 渡月橋は、嵯峨野と嵐山を隔てて流れる桂川に架かる橋です。 桂川左岸と、中州である中ノ島公園の間に架かり橋の長さは155m、幅は12.2…