現在では多くの鉄道会社で導入されている女性専用車両。最近、設置されたイメージがありますが、
誕生したのは明治時代の1月31日です。
しかも乃木将軍がかかわっています。
(婦人専用車輌登場)
1912年(明治45年)年1月31日に東京の中央線に。女性専用車輌が登場します。
当時は、「婦人専用車輌」「婦人専用電車」などと呼んでいました。
下は、その車輌の写真ですが「婦人専用」の表示があるのがわかります。

(当時の新聞記事)
日本初の婦人専用車輌に関して、当時の新聞記事がありましたので紹介します。
拡大すると読めます。

(出典:https://dl.ndl.go.jp/pid/1920445/1/283)
(「花電車」を狙う不良学生)
当時の新聞記事を読むと、婦人専用車の導入にいたる経緯がわかります。
中央線沿線には名門女学校が多くありましたが、車中では通学時間帯を中心に男学生が女子生徒に風紀を乱すような行為をする姿が散見されたそうです。
具体的には、「ラブレターを渡す」「会話をする」程度だったそうですが、当時は現在よりも男女交際が厳しく制限されていた時代でしたから「このようなことは、けしからん!」と取られていたようです。
なかには、女学生が満載している電車を「花電車」と呼んで、車内で女学生の体に触れる男子、美しい女性を見て誘惑する男子が複数いたそうです。

こうしたことから、父兄や鉄道院(当時の鉄道行政の中央官庁)に苦情が寄せられていました。
また、不良学生がいることから、電車通学を辞めて徒歩で学校に向かう女学生が増え、乗客が少なくなり駅側も収入が減り困っていました。
(乃木将軍や駅側が動いて「婦人専用車輌」登場)
このような状況に対し、学習院の校長だった乃木希典将軍が鉄道院に相談し、また牛込・四谷駅長からの申し出もあり、中野ー昌平橋(現在のお茶の水駅付近)間に婦人専用車輌が導入されることになりました。2両編成のうちの1両を婦人専用にしました。
婦人専用車輌は、朝6時半前後、午後3時半前後に数回運行していたそうです。
・・ということで1月31日は
日本初の婦人専用車輌が登場した日です




