日刊  おっさんの人生これから大逆転だぜえ!(日本史+史跡+旅情報)

普通の会社員の“おっさん”が、パワースポットや史跡、戦跡を巡った記録です。旅行に出かけるときの参考にしてね! 史跡や歴史から学び 運気を上げて、“人生大逆転”を狙います。

MENU

大河ドラマ 光る君へ 第20話「望みの先に」ネタバレあらすじ 

平安時代の宮中を舞台にしたドラマ「光る君へ」。
第21話「旅立ち」のストーリーを見ていきます。

中宮出家)
誤解が招いたとはいえ、花山院に弓矢を放ったことで、藤原伊周(ふじわらの これちか)と藤原隆家(ふじわらの たかいえ)の兄弟は流刑が決定します。
そして兄弟の不祥事で栄華の頂点から落ちることになった中宮定子は兄たちを捕まえようとやってきた検非違使藤原実資の前で髪を切り落としました。
こうなると出家した者が中宮として戻ることは許されません。一条天皇は落胆します。
一部始終を見ていたまひろから、この話を聞いた藤原宣孝は、今回の騒動で一番得をしたのは藤原道長であり、これは、右大臣・道長女院藤原詮子の策略ではないかと感じていました。

(伊周太宰府へ)
流罪を宣告された藤原伊周は実家である二条邸に身を隠していました。
そこに、藤原実資達が捜索に立ち入ると、いきなり現れて「出家したゆえ、任地には赴けぬ」と言い放ちます。しかし、被り物をはぎ取られて、剃髪はしていないという嘘がばれてしまいます。なんと往生際が悪い・・。

こうして藤原伊周は、しぶしぶ太宰府に行きますが、なんと母の高階貴子が付いていくという過保護ぶり!!
しかし、このような事が許されるわけもなく、「母の同行はまかりならぬ」との
一条天皇の命により、途中で高階貴子と引き離されてしまいます。
そして、この一件で、道長左大臣に昇進します。

というわけで栄華を極めた藤原伊周の一族、中関白家(なかのかんぱくけ)は、数々の悲劇に見舞われ、あっという間に転落しました。
少し振り返ってみます。
995年(正暦6年/長徳元年)4月、藤原伊周中宮定子の父である関白・藤原道隆が死去。
翌996年(長徳2年)1月、藤原伊周藤原隆家兄弟が花山院襲撃事件(長徳の変)を起こし、さらに一条天皇の生母の藤原詮子への呪詛の容疑を加えられて、兄弟に流刑。
そして中宮定子は20歳の若さで出家。

(ききょうの想い)
髪をおろした中宮定子のもとに、ききょうがやってきました。
ききょうは、まひろとともに潜入し、定子が髪をおろした現場を目撃しています。ききょうは、定子に、命ある限りそばを離れない、自らも出家すると伝えますが、定子はそれ拒否します。

その後、中関白家の私邸、二条邸が火事になります。

ききょうが定子を助けに向かうと、定子は「わたしはここで死ぬ」と言います。このとき、定子は懐妊していました。

枕草子誕生)
ききょうは、絶望状態にある藤原定子を元気にさせるには、どうしたら良いだろうかと考え、まひろの元を訪ねます。

ここで、まひろは、ききょうが定子から高価な紙を賜ったことを思い出します。

そのときの、まひろと、ききょうのやりとりです。
ききょう「帝がそれに司馬遷の「史記」を書き写されたところ。中宮様が「わたしは何を書いたらいいかしら?」とお尋ねになったの。
そこで「”枕詞”を書かれてはいかがでしょう?」と申し上げたの」

まひろ「「史記」がしきものだから「枕」ですか?」

ききょう「中宮様が大層面白がられて、その紙を私にくださったの」

まひろ「でしたらその紙に、中宮様のために何かお書きになってみてはよいのでは?
帝は司馬遷の「史記」だから、ききょう様は春夏秋冬の「四季」とか」

このやりとりがヒントで、ききょうは定子のために詩を書き始めます。
「春はあけぼの・・・」で始まる「枕草子」誕生です。

つまり、まひろの勧めによって、定子を元気付けるために清少納言が書き始めたのが「枕草子」ということです。
ナレーションでは、「たったひとりの哀しき中宮のために、枕草子は書き始められた」と解説しています。
(再会)

その頃、まひろの父・為時は、道長に越前の商人は戦人かもしれない、穏便に宋に帰すようにと言い含められていました。

そして惟規の「文章生(もんじょうしょう)」に合格したとの知らせが入ります。


まひろは、父・藤原為時の赴任に伴い越前国へ向かう前に、かつて逢瀬を交わした廃屋で道長と会います。

で、ここで疑問なんですが、この廃屋は人の家ですよね。勝手に中に入ることが出来るのか?そしてそこで逢瀬ができるのか?
その前に、道長ほどの高貴な人なら、こんなボロ家ではなく、ちゃんとした場所が用意できないのでしょうか?
ここで、まひろは父を越前守にしてくれたお礼を伝えます。道長は、お前の書いた文、帝がお褒めであったと伝え、まひろの文字はわかると言います。

まひろは、道長をあきらめたことを後悔していると告白し、「いつもいつもそのことを悔やんでおりました」と本心を伝えます。そのうえで「今度こそ越前の地で生まれ変わりたい」と話します。
藤原道長も、「いつの日もいつの日も、そなたのことを……」と返します。

(疑問・まひろの琵琶の演奏はうまいのか?)

その翌日、まひろは都に別れを告げ琵琶湖を渡り越前へと行きます。
途中、まひろが琵琶を奏でるシーンがありました。毎回思いますが、この琵琶の演奏がうまいのか下手なのか全然わかりません。ただ鳴らしているだけにしか思えません・・。

越前では元気がいい中国の宗人達がいます。

次回からは、越前編の始まりです。