特攻隊と言えば鹿児島県の知覧や鹿屋が有名ですが、
現地に行かなくても
東京世田谷の特攻観音堂で
特攻隊で亡くなられた方々の慰霊ができます!!
(特攻隊の英霊を祀る世田谷観音)
東京都世田谷区には、特攻隊として祖国のために命を捧げた英霊を祀る「観音寺」があります。
ここは正式名称は「世田谷山観音寺」で、通称「世田谷観音」として親しまれいて、三軒茶屋駅から徒歩約15分の場所にあります。
この寺院は、1951年(昭和26年)に太田睦賢和尚によって建立され、本堂の左側には、特攻で命を落とされた英霊を慰霊する「特攻観音堂」があります。
(英霊6418柱が奉納されている・特攻観音堂)
こちらが、「特攻観音堂」です。この中には特攻観音像が奉安されています。

「特攻観音堂」には、特攻隊で犠牲になった英霊の霊を慰めるため、陸軍および海軍の合計6418柱が奉納されています。詳細は以下の通りです:
(石碑と慰霊碑)
特攻観音堂の右手前には、「特別攻撃隊の頌」がありました。

我が国が存亡をかけた大東亜戦争においては、開戦当初から生還を期すことのない特攻作戦が決行された。
弱冠17,8歳から30歳代までの勇士が、肉親への愛着を断ち切り洋々たるべき人生を捨てて、空に、海に、陸に、決然として肉弾攻撃を敢行し、偉大なる戦果を挙げ、ことごとく散華された。その数およそ6千柱、壮烈無比なこの攻撃は敵の心胆を寒からしめ、国民はひとしくその純忠に感泣した。
特別攻撃隊の戦闘は、真に至高至純の愛国心の発露として国民の胸奥に生き続け、また世界の人々に強い感銘を与え、我が国永遠の平和と発展の礎となっている。
ここに心から愛惜の情をこめて特別攻撃隊の諸資料をこの遊就館に収め、その精神と偉業とを後世に伝える。
昭和60年12月8日
特別攻撃隊慰霊顕彰会 会長 竹田恒徳
(神州不滅特別攻撃隊之碑)
境内には終戦から4日後の1945年(昭和20年)8月19日、 満州の飛行場を飛び立っち、ソ連軍の戦車にむかった11機の九七式戦闘機による特攻隊「神州不滅特別攻撃隊之碑」があります。
これが太平洋戦争での最後の特攻隊です。


(天山隊之碑)
その右隣には「天山隊之碑」があります。
天山隊は、日本海軍の艦上攻撃機「天山」の特攻隊です。
1945年(昭和20年)4月6日の米軍による沖縄上陸に対抗して菊水一号作戦の命令が出され、九州南部に展開していた菊水部隊(第5航空艦隊基幹)による総攻撃が行われました。攻撃二五一・二五四・二五六各飛行機混成による天山特攻隊(10機30名)が、米空母艦艇に特攻を行いました。
1951年(昭和36年)12月に天山隊遺族会によってこの碑が建立されました。

<<特攻平和観音への行き方>>
三軒茶屋駅から徒歩15分
住所:東京都世田谷区下馬4-9-4
※閉門している時間帯がありますから、事前に空いている時間を確認してください。
03-3410-8811
※鹿児島に行き特攻隊関係の施設をまわり
慰霊してきました。
その様子は下をクリックして御覧下さい👇
世田谷観音の特攻観音堂には、
6418柱の英霊が奉蔵されています。
機会があれば是非訪れて下さい。






