明治時代、石炭で栄えた大牟田・三池港のそばに、
三井財閥が建てた洋館がありました。
1908年(明治41年)に建てられた三井港倶楽部です。
三池港の開港と同時に、
賓客や高級船員の接待・宿泊のために設けられました。
(三井港倶楽部とは?)
三井港倶楽部は、1908年(明治41年)に三井財閥が建てた木造の洋館です。
場所は福岡県大牟田市、三池港のすぐそば。三池港は当時、石炭産業で世界に名を轟かせていた三池炭鉱の重要な玄関口でした。
当時のシンガポールにあった英国領事館をモデルにしたのだそうです。
東西38.18m、南北26.51m、建築面積665.33m2。木造1部2階建、屋根部屋付、浅瓦葺。
表階段とベランダの屋根は亜鉛鉄板葺です。外壁は下見板張でハーフチンバー風に木骨を見せています。
この三井港倶楽部は、三池港の賓客の接待や高級船員の宿泊に使われていて、当時は関係者以外の立ち入りは一切禁止でした。
(現在は誰でも利用可能!)
現在、三井港倶楽部はレストラン・結婚式場として一般公開されており、歴史的な空間を気軽に楽しむことができます。
洋館内には、往時の気品あふれる内装がそのまま残されており、明治ロマンを感じることができる特別な時間を過ごせます。
(伊藤博文の書)
二階には四つの部屋があります。
なかでも、三川の間は、宿泊客の談話室です。
ここには伊藤博文の書があります。
1882年(明治15年)1月19日の書とされています。
(貴重な昭和天皇の写真)
三井港倶楽部には貴重な写真があります。
昭和天皇は1946年(昭和21年)2月から1949年(昭和24年)まで全国各地を巡幸し、敗戦後の国民と接しました。昭和天皇の戦後巡幸です。
1949年(昭和24年)、九州巡行中の天皇陛下は5月29日、三井三池炭鉱の三川坑に入り、特別に造られた切り羽で坑内作業を見学しています。
その時の写真が三井港倶楽部に飾られていました。
昭和天皇の笑顔、および一般人と握手をする写真は、凄く貴重です。

(大浦坑遺址)
三井港倶楽部の敷地内、三井倶楽部の正門を入った庭の一画には大浦坑の顕彰碑があります。
大浦坑は藩政期から採掘されていた坑口で、かつては大浦谷の丘陵斜面から斜坑が掘られていました。
大浦坑は、近代化初期に最大坑口として大いに活躍しました。この顕彰碑は、主力坑としての使命を終えた大浦坑を称えるために同坑にあった油倉庫の煉瓦の一部を持って作られました。
「大浦坑遺址」の題字の脇には「大正十五年二月/團琢磨題」と刻されていますが、團琢磨は否定しています。

(現在の三井港倶楽部)
三井港倶楽部は、同時に、結婚式場としての人気も高く、「クラシカルな結婚式を挙げたい!」というカップルから熱い支持を集めています。
特に人気なのが、館内レストランでいただけるランチとディナーです。
三井港倶楽部は、建物は登録有形文化財にもなっており、建築好きや歴史ファンにも見逃せないスポット。
館内のステンドグラスや、木のぬくもりあふれる造り、細部まで丁寧に設計された意匠は必見です。
<<三井港倶楽部への行き方>>
三井港倶楽部公式HP👇
アクセス:JR大牟田駅から車で約10分
所在地:福岡県大牟田市西港町2-6
かつて三井港倶楽部は、
限られた者だけが足を踏み入れることができた
特別な空間。
その歴史ある洋館が、
今では誰でも楽しめる場所になっています。
“明治の迎賓館”で、優雅なひとときを・・




