大阪市西成区にある天下茶屋公園には、明治時代に
天皇が二度も立ち寄った歴史的な場所がありました。
その訪問を記念して建てられた
「明治天皇駐蹕遺址(ちゅうひついし)」は
今も静かにその記憶を伝えています。
(公園にある石碑)
大阪市西成区、阪堺電車の聖天坂駅を降りて徒歩3分ほど。住宅街の中にひっそりと
佇む天下茶屋公園に足を踏み入れると、緑に囲まれた静かな空間が広がります。
この公園の中に、小さな石碑が建っています。
近づいてみると、そこには「明治天皇駐蹕遺址(ちゅうひついし)」の文字が刻まれていました。
(江戸時代、薬屋「是斎屋」が繁盛した地)
天下茶屋公園がある一帯、大阪市西成区岸里周辺は、かつて「岸の松原」と呼ばれた景勝地でした。
江戸時代初期の寛永年間(1624〜1644)には、近江国からやってきた津田宗右衛門が、漢方薬「和中散」を扱う薬屋「是斎屋(ぜさいや)」を開業し、旅人に薬湯をふるまい、住吉街道沿いということもあり繁盛しました。
しかし、幕末になると津田家は衰退し、屋敷は元与力・橋本尚四郎の所有となります。
(明治天皇が二度も立ち寄った「紫雲楼」)
時代は明治へ。
1868年(明治元年)4月20日と、1877年(明治10年)2月14日、明治天皇は住吉大社への参拝の途中、この地に立ち寄り、休憩しました。
その際に作られ仮御休殿は、後に「紫雲楼」と名付けられました。
当時の天皇は、今以上に絶大な権威を持つ存在。その天皇が二度も滞在したという事実は、この地の歴史的価値を物語っています。
(紫雲楼から石碑へ)
大正時代になると、屋敷は大阪砂糖業界の重鎮・高津久右衛門の手に渡ります。
紫雲楼は、時代の経過とともに老朽化します。
高津は建物を撤去し、代わりに明治天皇の訪問を記念する石碑「明治天皇駐蹕遺址」を建立しました。 それが現在、天下茶屋公園内に残る石碑です。



<<天下茶屋公園・明治天皇駐蹕遺址への行き方>>
阪堺電車「聖天坂駅」下車 徒歩約3分
住所:大阪府大阪市西成区岸里東1丁目16 天下茶屋公園内
天下茶屋公園に残る「明治天皇駐蹕遺址」。
江戸から明治、大正へと続く時代の流れの中で
薬屋、天皇の御休所、そして記念碑へと
姿を変えてきたこの場所には、
静かに語りかけてくる歴史の重みがあります。





