日刊  おっさんの人生これから大逆転だぜえ!(日本史+史跡+旅情報)

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大阪住之江区・霰松原公園に刻まれた戦争の記憶──日清・日露・太平洋戦争

大阪市住之江区南海線住ノ江駅からほど近い場所に、
霰松原(あられまつばら)公園という
小さな公園があります。
園内には4基の石碑が並び、
日清戦争日露戦争、そして太平洋戦争で
命を捧げた人々の名が記されています。
(🌲霰松原公園に残る、静かな記憶のかたち)
大阪市住之江区安立2丁目。南海本線住ノ江駅から徒歩3分ほどの場所に、霰松原公園という小さな公園があります。
かつてこの地には、安立町役場がありました。

万葉集に歌われた名所)
この付近は江戸時代中期まで海岸線でした。
白砂青松の名勝地で、松風が霰を吹きつける様に風が響いたとか、
あるいは、昔は松がまばらに生える松原を意味する「あらら松原」という言葉があり、それが転じて「あらら松原」→「あられ松原」→「霰松原」になったとの説もあります。
万葉集では長皇子が「霰打つ あられ松原 すみのえの 弟日娘と 見れど飽かぬかも」と詠んでいます。

(🪨戦前の記憶を刻む4基の石碑)
霰松原公園の入口には、戦争にまつわる4基の石碑が並んでいます。
それぞれが異なる時代の戦争と関わりを持ち、地域の人々の記憶を今に伝えています。

① 明治二十七八年戦役従軍者記念碑(日清戦争
1897年(明治30年)5月建立。
大阪市内で唯一の日清戦争の記念碑であり、安立町出身の陸軍軍人13名の名前が刻まれています。

② 日露戦役従軍者記念碑
1906年明治39年)4月10日建立。
こちらも13名の名前が刻まれていいます。形状は英霊墓型です。

③ 忠魂碑
在郷軍人会安立分会によって建立された碑で、戦病死した4名の名前が刻まれています。碑の題字の下には、大阪市長・中井光次による「至尊」の青銅レリーフがはめ込まれています。

日露戦役従軍者記念碑の手前にあります。

④ 昭和戦役英霊之碑
1953年(昭和28年)9月建立。
「昭和戦役」という言葉には、満州事変から太平洋戦争のいわゆる昭和に起きた戦争を包括しています。形状は墓石型です。
その奥には、「安立役場」の石碑があります。


戦前、日本各地の町や村には、戦争で命を落とした地元出身者を悼む石碑が数多く建立していました。
地域の人々が自らの手で記憶を刻み、亡き人々の名を後世に伝えようとしたその姿勢は、今も石碑の文字に宿っています。
霰松原公園に並ぶ4基の石碑も、まさにその一例です。
<<霰松原公園への行き方>>
阪堺電鉄「安立町」下車 南西約100m
住所:大阪府大阪市住之江区安立2丁目

かつて安立町役場があったこの地は、
今では静かな公園として地域に溶け込んでいます。
石碑に刻まれた名前は、
霰松原という地に生きた人々の記憶を
今に伝えています。