日刊  おっさんの人生これから大逆転だぜえ!(日本史+史跡+旅情報)

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12月4日:御大礼特別観艦式、この時の御召艦・戦艦榛名のマストが今も残る!

1928年(昭和3年)12月4日、
昭和天皇の即位に伴う御大礼特別観艦式が行われました。
この時に御召艦を務めた戦艦・榛名のマストが
今も残っています。
(御大礼特別観艦式の御召艦:戦艦・榛名)
1928年(昭和3年)12月4日、横浜港で昭和天皇の即位の大礼に伴う御大礼特別観艦式が開催されました。
この御大礼特別観艦式で、御召艦となったのが戦艦・榛名でした。
戦艦・榛名は、1915年に神戸の川崎造船所(現・川崎重工業)で建造された金剛型巡洋戦艦の3番艦です。
同時に民間造船所で初めて建造された戦艦の1つでもあります。
なお、「榛名」の名前は群馬県榛名山から名を取っています。

昭和天皇は専用列車で横浜駅に行き、午前9時5分に横浜港に到着します。

そして9時15分に榛名に乗船します。

榛名には天皇旗が掲げられました。

(壮大な観艦式)
御大礼特別観艦式には約1万4000人、186隻の艦船が参加しました。
日本海軍の連合艦隊に加え、米国『重巡洋艦ピッツバーグ』、英国『重巡洋艦ケント』『重巡洋艦サフォーク』『重巡洋艦ベルウィック』、仏国『装甲巡洋艦ジュール・ミシュレ』、伊国『リビア』、オランダ『ジャワ』と各国の特務艦計11隻の外国艦船が参加する盛大なものでした。

御大礼特別観艦式には、飛行機130機、飛行船2隻が参加しました。
飛行機や飛行船が編隊飛行を行い華を添えます。

写真右上には、飛行船も見えます。

天皇は午後2時50に退艦しました。

各艦は21発の皇礼砲を放ちました。

横浜沖での観艦式は天候にも恵まれたことから、鶴見岸から本牧まで多数の見学者で
埋め尽くしその数は100万人を越えていたそうです。

当ブログの御大礼特別観艦式の写真の出典は、「大礼特別観艦式・大礼中の帝国海軍:昭和3年」です。
この「大礼特別観艦式・大礼中の帝国海軍:昭和3年」は、デジタル国会図書館で誰もが自由に見ることができます👇

(太平洋戦争で大海戦に参加)
その後、榛名は、日本海軍の主力艦として活躍しました。
太平洋戦争では、インド洋作戦・ミッドウェー海戦ガダルカナル島の戦いマリアナ沖海戦、レイテ沖海戦にも参加します。

榛名は、1945年(昭和20年)に入ると燃料不足により呉で係留され、7月24日と28日の呉軍港大空襲により多数の命中弾を受け大破・着底します。
そして、翌年の7月に解体され姿を消しました。(今も残る戦艦榛名のマスト)
こうして姿を消した榛名ですが、兵庫県尼崎市にある難波八幡神社の境内には、戦艦・榛名のマストが立っています。

(🏯 難波八幡神社とは?)
難波八幡神社は、仁徳天皇の御世(4世紀)に創建されたと伝えられる古社「難波祝津の宮跡」 とされ、「なにわのはちまんさん」として地元の人々に親しまれています。

境内には本殿・弊殿・拝殿のほか、地蔵尊・稲荷社・三社相殿などがあり、静かな住宅街の中にひっそりと佇んでいます。

(🗼 榛名のマスト)
境内で、ひときわ目を引く大きな白い柱、これが、戦艦榛名のマストです。

戦艦・榛名は、1933年〜1934年(昭和8年~9年)に行われた第二次近代化改装の際に、マストが取り外されました。
取り外された後に「国光宣揚会」という団体に渡り、その後、この神社に奉納されました。

マストには「國光宣揚 軍艦 榛名」と刻まれています。
「国光」とは国の威光、「宣揚」とはそれを広く世に示すという意味です。

<<戦艦榛名のマストが残る難波八幡神社への行き方>>最寄駅:JR尼崎駅から徒歩約30分
住所:兵庫県尼崎市東難波町3丁目6-15


12月4日は、御大礼特別観艦式が行われた日です。
この日、御召艦という重要な役目をした
戦艦・榛名のマストが
難波八幡神社の境内に静かに立っています。