日刊  おっさんの人生これから大逆転だぜえ!(日本史+史跡+旅情報)

7年連続・2600日以上毎日更新中。全国の戦跡・史跡に足を運び、「当時の一次史料」と「現地映像」も交え発信。歴史に学び、人生大逆転を目指します。

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明治28年から現役!九州最古の駅「油須原駅」へ行ってみた

まるで明治時代!!
九州最古の駅「油須原駅」。
1895年(明治28年)開業当時の姿を今も残す駅には、
旧字体の看板、伝言板国鉄仕様の駅名標など
懐かしい空間が広がっていました。

(1.日清戦争終結の夏に開業)
1895年(明治28年)夏開業──
九州に「開業当時のまま」今も現役で使われている駅があるって、ご存じでしたか?
その名は油須原(ゆすばる)駅。

福岡県田川郡の自然に囲まれたこの駅は、まるで明治時代にタイムスリップしたかのようなノスタルジーが広がる空間です。
今回は実際に現地へ行って撮影した写真と動画で、明治時代の面影を色濃く残す「油須原駅」の魅力をたっぷりご紹介します。

(✅2.九州最古の駅・油須原駅
油須原駅が開業したのは、1895年(明治28年)8月15日
日清戦争終結したばかりの夏のことです。
近代化を進む明治政府。その原動力の1つが黒ダイヤと呼ばれた石炭です。
この油須原駅は、筑豊炭田から石炭を輸送するために設立された「豊州鉄道」の一駅として誕生しました。
以後、国鉄JR九州を経て、1989年(平成元年)からは「平成筑豊鉄道 田川線」の駅として、今も現役で活躍しています。

まさに、明治・大正・昭和・平成・令和を生き抜いてきた駅なんです!
現在は無人駅になっていて自由に見学することができます。

(✅3.駅構内に広がる“明治”の景色)
油須原駅、、、ここはまさに‘明治’。。
では1つ1つを見ていきましょう。
まずは木造の駅舎。開業当時のままに残されています。

側面には、手荷物・自転車預かり所。よく見ると、自転車の「転」の漢字が旧字体

駅舎正面の郵便ポストがいいですねえ。

駅名の「驛」という旧式文字がいい味を出しています。

駅舎に入ると、すぐ入り口には・・・

伝言板!!昔駅にありましたねえ!!
待合室にある伝言板の「伝」の漢字も旧字体。右から左に「板言傳」と読ませています。
その上にある電球もいいですねえ。

改札もいい味を出しています。

鉄パイプだけの簡素な改札口・・実にい感じです。

この質素な雰囲気がいいんですよねええ・・。

(4.うれしいサービス)
改札には、明治31年の時刻表が置いてありました・・。

さらに・・。
こんなサービスもありました!!切符切り・・懐かしいですね
これは、油須原駅を訪問した時間帯に、たまたま平成筑豊鉄道の方が来てサービスしてくれました。

さて、駅の中に入ると・・・ホームから見た駅舎です。

縦書きのブリキの駅名看板もいい味出しています。

今では向かい側のホームに行くには階段などを使う駅がほとんどだと思いますが、油須原駅では構内踏切を歩いて渡って、向かいのホームに向かいます。
これも当時のスタイルです。のどかですねええ・・・。

(5.広い駅構内)
油須原駅は、石炭を輸送する目的で設立された駅です。
列車は、田川地区からの石炭を満載していたために重いため、後方に補助機関車をつけて上り坂を進んでいました。
油須原駅から先は下り坂となるため、補助機関車をここで切り離していました。
その作業をしていた関係で駅構内が広くなっています。
線路に降りてみると、たしかにその広さを感じます。

駅長室の先には・・

(6、九州唯一??の腕木式信号機
油須原駅には、珍し腕木式(うでぎしき)信号機があります。


梃子(てこ)を手前に引くと腕木式信号機の腕木が下がります。
腕木式信号機は、腕木が水平の時は、停止信号をさし、斜めに下がったときは進行信号を表します。
ホームに設置されたてこにワイヤーでつながっている手動て、まるでSL時代のロマンがよみがえってくるかのようです。

タイミングよく列車が来ました。

(✅7.ドラマのロケ地にも!)
油須原駅はその雰囲気から、ドラマのロケ地としても使われています。
中でも有名なのは、フジテレビ系の月9ドラマ『東京タワー 〜オカンとボクと、時々、オトン〜』。
あの感動のシーンが撮影された場所が、この駅だったんです。
油須原駅は、今でも周囲の大自然と合わせて、実に絵になる駅です。

<<油須原駅への行き方>>
駅周辺は静かで、まさに“ぽつんと駅”。
車で訪れる方は近くに無料駐車スペースがあります。
住所:福岡県田川郡赤村赤

本数が少ないため、事前に平成筑豊鉄道公式HPで時刻表の確認をおすすめします。

1895年(明治28年)に開業した油須原駅は、
単なる“古い駅”ではなく、
過去と現在がゆるやかに交差した
“今も生きている明治”です。