日刊  おっさんの人生これから大逆転だぜえ!(日本史+史跡+旅情報)

普通の会社員の“おっさん”が、パワースポットや史跡、戦跡を巡った記録です。旅行に出かけるときの参考にしてね! 史跡や歴史から学び 運気を上げて、“人生大逆転”を狙います。

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新選組、最初の屯所で芹沢鴨暗殺の地 八木邸

新選組が訓練に明け暮れた壬生寺の北にある八木邸。
ここは新選組の壬生駐屯地でした。
また局長だった芹沢鴨が暗殺された場所でもあります。

新選組の屯所:八木邸、現在は和菓子屋さん)
壬生寺の近くに八木邸がありました。現在、八木邸は、京都鶴屋・鶴寿庵という和菓子屋さんです。

新選組遺蹟という石碑がありました。

新選組、八木邸を屯所にする)
幕末の1863年文久3年)2月、江戸から来た浪士組は壬生に入り、近藤勇芹沢鴨など13名が、ここ八木源之丞の邸宅を宿舎とします。さらに、もうつ近くの前川邸も寄宿舎にします。
以来、慶応元年に西本願寺に移るまで、ここを新選組の屯所としました。
新選組がいたころは、この屋鋪の縁側からは、二条城が見渡せたそうです。
1863年文久3年)9月16日夜、新選組内で内紛が起き、この奥座敷で局長・芹沢鴨と妾のお梅、平山五郎が就寝中に暗殺されます。そして新選組の実権を近藤勇が握ります。

(内部は公開も撮影禁止)
建物の内部は有料でガイドさんが案内してくれます。ただし館内は写真撮影禁止です。縁側沿いの部屋の鴨居には、芹沢鴨襲撃暗殺時に、斬りつけられたVの字型の刀傷が残っています。傷の深さは約2cmです。
また、芹沢がつまづいたという文机も見ることができます。

(およそ2年間の八木邸屯所時代)
新選組は壬生で生まれ、八木邸を屯所としましたが1865年(慶應元年)夏に、壬生が手狭になってきたため西本願寺の太鼓番屋に屯所を移しました。
西本願寺に移るまでのおよそ2年間の新選組壬生屯所時代には、有名な池田屋事件などがおきるなど新選組の最盛期を築きました。
<<八木邸>>

阪急電鉄「大宮駅」、京福電鉄四条大宮駅」より徒歩10分
京都市バス壬生寺道バス停」より徒歩1分
車で行く場合は、駐車場は、買い物をした客は30分無料。

住所:中京区壬生梛ノ宮町24
TEL:075-841-0751(京都鶴屋)
見学時間:9:30~16:30
見学料金:大人¥1.000-・子供\700-(抹茶・屯所餅付き)/
中高生\500-(見学のみ)
定休日:不定

 

新選組の屯所八木邸、壬生寺から近いです。