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【ニュースの現場】 ヘリテージ・アラートが出された旧門司駅遺構を見てきました。 2024年(令和6年)9月28日

福岡県北九州市にある旧門司駅遺構は
2023年(令和5年)に貴重な物が出土しました。
しかし、この遺構は破壊され、
市の複合施設が建設される予定です。

それに関して2024年(令和6年)9月4日、
世界遺産の登録の可否を調査する
国連教育科学文化機関(ユネスコ)の諮問機関、
国際記念物遺跡会議(イコモス)は、
文化的資産の保全と継承を求める国際声明
「ヘリテージアラート」を発表しました。
そこで、その現場に行ってきました。
(序章:日本の近代化の貴重な鉄道遺跡が出土)
2023年(令和5年)、秋、北九州市門司区で、建設調査中に貴重な鉄道遺構が発見されました。
発見されたのは旧門司駅の遺構で、現在の門司港駅のすぐ近くです。
下の写真、遠方に見えるのが現在のJR門司港駅・JR鹿児島本線の起点です。

(1:遺構が見つかった旧門司駅とは?)
旧門司駅は1891年(明治24年)4月1日に開業しました。下の写真は当時の旧門司駅の駅舎です。

開業当時は、プラットホームには屋根がついていません。

(2:旧門司駅遺構は何が貴重なのか?)
では、2023年(令和5年)秋に見つかった旧門司駅遺構は、いったい何が貴重なのか?
2023年(令和5年)11月19日(日)朝10時に、学芸員による現地説明会が開かれたので、そのときの説明をもとに紹介します。

北九州市役所によると今回調査した場所の過半数を占める長方形の煉瓦の構造物は、機関車庫であると考えられています。下の赤で囲んだ部分が今回の調査区です。

【出典:北九州市文化企画課による現地説明会で配布された資料より一部抜粋】

今回の調査では、機関車庫(残存長さ約32.2メートル、幅11.7メートル)、危険品を納めていたと思われる倉庫、旧門司駅の一番外側の土台となる外郭石垣、機関車庫に並行して設置された鉄管、蒸気機関車などの石炭ガラの廃棄土坑、門司築港以前の護岸の石垣、体積土、2代目駅舎時代の倉庫の石垣や石垣側溝などが見つかりました。

下の写真は、北九州市文化企画課が、現地で配布した資料です。真ん中にある青の線。これはかつての海岸線で、この青線より右部分がかつては海で、のちに埋め立てられました。

【出典:北九州市文化企画課による現地説明会で配布された資料より一部抜粋】

門司築港以前の護岸の石垣もありました。この石垣から先は、かつては海でした。

明治時代のレンガも数多く出土しています。

【3:日本で唯一と思われる超貴重な資料が出土】
このように遺構には、当時の土木技術を知る貴重な物が色々ありましたが、なかでも歴史的に超貴重なものを紹介します。
今回ご一緒した産業遺産の第一人者である大学の先生によると、文献では見たことがあるものの、実物はたぶん日本でここにしかないという超貴重な物です。
(その1:岩盤仕様構造)
機関車庫跡の赤レンガ、イギリス積みでできているこのレンガは非常に貴重です。


基盤層と言われる岩盤の上に基礎があります。基礎を設置するために溝を掘削し、強固な岩盤を型枠替わりにして直接そこにコンクリートを流し込む「岩盤仕様の基礎構造」になっています。
(現在は型枠を使用して、そこにコンクリートを流し込む方法がとられています)



現地説明会当日、北九州市文化企画課が、現地で配布した資料には詳しく解説されていました。


【出典:北九州市文化企画課による現地説明会で配布された資料より一部抜粋】
(その2:低地仕様の基礎構造)
二重の枠型を作り丸太を使用した胴木を設置し、砂利を敷き詰め枠型を作り、その中にコンクリートを流し込む「低地仕様の基礎構造」もありました。
赤レンガの下に、コンクリートの基礎部分、その下には丸太と砂利を使うことで地盤沈下を防ぐためだということでした。
これも実物は日本全国でここにしか見ることができない貴重な資料だそうです。

現地説明会当日、北九州市文化企画課が、現地で配布した資料には詳しく解説されていました。

【出典:北九州市文化企画課による現地説明会で配布された資料より一部抜粋】

(その3:2種類の石垣)
今回2種類の石垣が発見されました。
写真左の「石垣3」は、綺麗なカーブがあります。これは初代門司駅の外郭の石垣だと推測されます。
一方、写真右の「石垣2」は、曲がり角がカーブではなく直角。これは、倉庫の土台の石垣だと推測されます。

場所的に見ると「石垣3」の外側に「石垣2」があります。

【出典:北九州市文化企画課による現地説明会で配布された資料より一部抜粋】

(その4:当時の路線跡??)
当時の線路跡と思われる場所がありました。蒸気機関車に使用した石炭ガラが置かれていたと思われます。

【出典:北九州市文化企画課による現地説明会で配布された資料より一部抜粋】

今までは、見ることができずに
書物でしか知ることができなかった
明治・大正・昭和初期の建築技術を物語るものが
現物として残っていて、
それを直接見る事ができるという非常に貴重な遺構です。

(4:専門家たちも貴重な遺構だと注目し高評価)
旧門司駅遺構に関して、専門家も貴重な遺跡だと注目しています。
2023年(令和5年)12月1日には建 設 建 築 委 員 会 が初代門司駅跡関連遺構の保存につ いて陳情書を提出しています。
 2024年(令和6年)2月13日、産業遺産学会は、門司港地域複合公共施設整備事業を中断し、十分な調査・研究を行い、その価値を確かめたうえで、委員会を設置し、開発と保存の両立をはかるべく、検討することを望む「「初代門司駅遺構」保存・公開の要望」を北九州市長と北九州市議会議長に提出しました。

 2月21日には、国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)の諮問機関「国際記念物遺跡会議(イコモス)」の国内組織・日本イコモス国内委員会が現地視察を行い、「ここは明治半ばの建築土木遺構として貴重であり、保存状態も極めて良好で国史跡指定に値する価値があり、日本の鉄道遺産として重要な遺跡だ」と評価しました。そして、北九州市役所に全体の現地保存などを求める要望書を提出しました。
 また2月24日には、建築史学などの有識者でつくる「九州鉄道初代門司駅研究会」(代表・藤原恵洋九州大名誉教授)が門司区で緊急シンポジウムを開き、この鉄道遺構の重要性を発表しました。
5月には市民の有志による保存の署名3141通が市に提出されました。

(5:北九州市は、遺構を破壊し複合施設を建設予定)
このように歴史的に貴重であり価値ある初代門司駅遺構ですが、北九州市は、2024年(令和6年)6月21日に、議会で、この施設を破壊し、この場所に複合施設を作ると議決しました。

(6:イコモスから緊急声明文が出された!)
それをうけ6月25日(火)には、国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)の諮問機関「国際記念物遺跡会議(イコモス)」が、旧門司駅遺構を破壊しそこに複合公共施設を作ると決めた北九州市に対し、イコモスの会長テレサ・パトリシオ博士による遺構破壊への懸念声明文がパリより出され北九州市などの関係機関に送付されました。
そして翌日の26日10時半よりイコモス福島綾子先生が北九州市に申し入れをしました。

しかし、北九州市は、周辺にある区役所や図書館など老朽化している複数の公共施設をまとめ、この場所に1か所に集約し複合施設を作るという考えは変わりません。
その際、北九州市は、遺構のデータを記録したうえで取り壊す計画です。
(7:ヘリテージ・アラート発表)
そして2024年(令和6年)9月4日、イコモスが旧門司駅の遺構の保存を求めて、「ヘリテージ・アラート」と呼ばれる警告文を出しました。
ヘリテージ・アラートは「文化的資産の保全・継承を促進し、文化的資産が直面している危機に対して、学術的観点から問題を指摘し、未来世代に向けた保全と継承に向けた解決策を促進するために発する声明」です。
イコモスは、市に建設の中断などを求めているほか、文化庁や福岡県には、市が適切に価値を評価できるよう、助言や指導を行うことを求めています。
しかし、ヘリテージ・アラートは、法的拘束力がない要望書です。


このアラートが出されたあとも北九州市は、遺構を取り壊して施設を建設する方針は変えていません。

(本題:ヘリテージ・アラートから4週間後、現地訪問)
ヘリテージ・アラートから4週間後の2024年(令和6年)9月28日(土)、旧門司駅遺構の現場に足を運んできました。

この日は土曜日で、誰もいなくて作業も行われていませんでした。

ところどころに、青いビニルシートが被されていました。

見た感じでは、何がどうかわっているのかは正直わかりませんでした。

この貴重な遺跡が、まもなくなくなると思うと、残念だと感じます。
「この地に建設される複合施設の1階部分で遺構を保存すれば良いのでは?」という考えもありますが、それには多額の費用がかかるため、そう簡単にはいきません。
門司港レトロ地区に出現した旧門司駅遺構、
ヘリテージ・アラートが出されましたが、
壊されるのでしょうか?

今後、どうなるのでしょうか?