日刊  おっさんの人生これから大逆転だぜえ!(日本史+史跡+旅情報)

普通の会社員の“おっさん”が、パワースポットや史跡、戦跡を巡った記録です。旅行に出かけるときの参考にしてね! 史跡や歴史から学び 運気を上げて、“人生大逆転”を狙います。

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3月20日 地下鉄サリン事件発生 そのとき私は都内にいた・・

終戦から半世紀が経過した1995年(平成7年)
この年の3月20日に首都東京で
地下鉄サリン事件が起きました。
このとき東京にいたので私の体験を紹介します。
(地下鉄サリンが起きたのは月曜日)

そのとき、私は渋谷にある会社に勤務していました。
地下鉄サリン事件の前日の3月19日は日曜日で泊まり勤務でした。
徹夜で仕事をし、日付が変わった3月20日(月)が、泊まり明けで朝8時半まで働いていました。
朝8時半になり勤務が終了しソファーでTVを見ていたら地下鉄が止まっているとのニュースが字幕で流れていました。
首都圏に住む人は御存知と思いますが、東京の鉄道は年末や年度末は、飛び込み自殺があったり、急病人が出るのでよく止まります。今回もそうなのかなと思いました。
霞が関から生中継)
朝9時、民放では、朝のワイドショーの放送が始まりました。各TVでは霞ヶ関駅から中継をしていました。

中継現場では、地下につながる入り口には、たくさんの救急車が並んでいました。
現場のリポーターによると、何が起きたかが不明で、霞ヶ関駅で何人もの乗客が体調不良を訴え救急車で病院に運ばれていると言うことでした。
画面からは立ち入り禁止の予防線のテープが張られた霞ヶ関駅の入り口の様子とその周辺で赤色ランプをくるくる回している多数の救急車、地下鉄の駅から運び出される人々の姿が映し出されていて、「これはただ事でない」と感じました。
ただ、まだこの時点では、まかれたのがサリンであるという情報は入っていませんでした。「地下鉄異臭騒ぎ」でした。

その日は泊まり明けで徹夜だったので、そのまま自宅に帰りました。
自宅で仮眠をとったあと、3時のワイドショーを見ると、「この地下鉄の騒ぎは、霞ヶ関駅だけでなく、複数の駅で同時に起きていること」、「病院に運ばれた人が何名かは命を落としていて、意識不明の方もいること」がわかり、首都東京の地下鉄で大規模で同時に多発した事件だと言うことがわかりました。

(偶然助かった友人)
おっさんの友人で、この地下鉄サリン事件に巻き込まれそうになったものの、幸運も免れた人がいます。

友人は、この日、いつものように日比谷線に乗る予定でしたが、赤ちゃんだった娘さんが当日朝に泣いてぐずったため、毎朝乗る電車に乗り遅れました。そして、結果としてサリン事件に巻き込まれずに済んでいます。
あとで、ニュースを見たとき、ぞっとしたそうです。
もし、いつものように地下鉄に乗っていたら確実に事件に巻き込まれていたのです。
まさに紙一重です。

そして、この日からがオウムの本格的な始まりでした。

一時期、連日TVに登場したオウム真理教南青山総本部に関する記述は下をクリックして御覧下さい↓

・・・と言うことで3月20日は、

地下鉄サリン事件が起きた日です。