日刊  おっさんの人生これから大逆転だぜえ!(日本史+史跡)

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7月7日 盧溝橋事件勃発

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(盧溝橋事件を報じた当時の東京朝日新聞:「北平」は今の北京) 

 

盧溝橋は中国の北京南西の郊外およそ18キロにある石の橋です。おっさんも中国に行ったときに訪れたことがありますが、立派な石の橋でした。

入り口には、石でできた立派な獅子がいました。

「東方見聞録」を書いたマルコポーロが、かつてこの地を訪れ、この橋が世界中どこを探しても匹敵するものがないほどの見事さと「東方見聞録」に記しています。

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さて、その盧溝橋で、1937年(昭和12年)7月7日に軍事演習をしていた華北駐屯日本軍一木大隊の中隊と中国国民革命軍第二十九軍との衝突事件がおきました。

よく考えると、よその国の中国大陸で日本の陸軍が、どうして駐屯し軍事演習をしていたか疑問を抱く人がいるかもしれませんが、当時の中国大陸は、統一国家という状況ではなく、各地に軍閥が支配をしていた状況でした。

 

さて、この盧溝橋事件は、「銃声が聞こえた」「中国軍が先に発砲した」「日本軍から先に発砲した」など色々な発言があり、どちらが先に発砲したかは今も正確なことは

不明です。

 

おっさんの手元にある「新編 新しい社会 歴史」という中学の歴史の授業で使う

教科書には、「北京校外の盧溝橋で起こった日中両国軍の武力衝突」と書かれています。

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日中戦争の始まり)

盧溝橋事件は日中戦争の始まりでした。

日中戦争」といいますが、これは日本・中国両国とも宣戦布告をしていない戦争で

あり、紛争が勃発した当初は「北支事変」と称し、1937年9月に「支那事変」と名称を変えました。

また「日華事変」とも言っていました。

 

(宣戦布告のない戦争)

日中戦争がなぜ、宣戦布告をしなかった正式な戦争ではないかというと、それにはアメリカの存在があります。

当時、石油産出国であり重工業材料の輸出大国でもあったアメリカには、「交戦国への戦争材料の輸出を禁止する」という中立法がありました。

もし、日中両国が、これを正式な戦争と認めると、アメリカから日本にも中国にも工業の原料や石油が入ってこなくなります。またアメリカにとっても、大切な輸出先でお客さんである両国へ輸出ルートがなくなります。

それを防ぐために、中国は宣戦布告をしていません。

また、日本では、「戦争」となる場合は、天皇の許可が必要ですが、日中戦争では

天皇は開戦を許可しておらず軍部の暴走で戦火は拡大していきます。

 

 (敵首都・南京が陥落しても・・・)

戦火は、華北から華中に拡大し、日本軍はこの年の12月に中華民国の首都・南京を占領しました。

南京陥落は、日本史上初の外国との戦争での敵国の首都が陥落した出来事で、当時国民は提灯行列で祝賀をしています。

しかし蒋介石は首都を漢口、さらに重慶に移して日本軍に抵抗を続けていきます。

 

また、この時期中国大陸では、国民党と共産党の内線が続いていましたが、共産党から協力して日本に対抗しようとの呼びかけが起き、この年の9月に提携が実現し、抗日民族統一戦線が結成されました。

 

こうして盧溝橋事件から始まった日本と中国の戦闘行為は、やがて対米英戦争にまで

拡大し、1945年(昭和20年)8月15日まで続きます。

 

ということで7月7日は盧溝橋事件が起きた日です。

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