日刊  おっさんの人生これから大逆転だぜえ!(日本史+史跡)

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大河ドラマ「鎌倉殿の13人」ネタバレあらすじ 第21話「仏の眼差し」

「鎌倉殿の13人」(日曜・午後8時)の第21話が5月29日に放送され、世帯平均視聴率が13・2%でした。

 

さて、おっさんは、5月22日(日)の鎌倉殿の13人を見たあと、Twitterの#鎌倉殿の13人 にこうつぶやきました、

 

・・この、おっさんの勘が的中しました。

八重さんがまさか まさかの命を落としたのです!!

 

(第21話「仏の眼差し」のあらすじ)

「九郎を生かして連れて帰るな」という頼朝の言葉通り、奥州で義経を殺害した事に

対して義時は、なんとも言えない気持ちを抱いていました。

九郎を殺してしまった事をひきずる義時に対峙した土肥実平も、本当に九郎殿を殺す

必要があったのか、惜しい男を亡くしたと残念がります。

そこへ鎌倉中の道を綺麗にするように土をほじくり返していた八田知家から両親が飢饉で死んだ鶴丸という男の子を引き取るよう言われます。

土肥実平は、土をほじくり返すと罰が当たると言いますが、知家は「命じたのは鎌倉殿だから罰が当たるなら鎌倉殿にあたる」と平気な顔です。

鎌倉では義時の妻の八重が、身寄りのない子ども11人の面倒をみていました。

そして今回、八田からの要請で、鶴丸と言う男の子も預かることになりこれで12人です。

ここで土肥が話した「土をほじくり返すと罰が当たる」・・・この話は、後の展開への伏線なんでしょうか?

鶴丸は八重の元に挨拶にきます。「鶴丸」という名前を聞いたとき八重の表情がハッとします。亡くなった自分の息子・千鶴丸を思い出したのでしょう。

そして、同じ年頃の金剛がさびしい表情で鶴丸を迎えます。

 

(忠義の心)

源頼朝源義経を失った奥州に攻め込み藤原泰衡を討ち取ります。

平泉の館で頼朝は、藤原氏が百年の栄華で溜め込んだ財宝を見ていました。その傍には義時と安達盛長がいました。

するとそこへ藤原氏の家臣・河田次郎が主であった泰衡の首を運び差出します。

それをみた、頼朝は「恩を忘れ主を殺し首を持ってくるとは何事か!顔も見とうない!」と激怒し河田次郎の首を斬るように命じます。

「頼朝、この外道め!」と頼朝を罵倒する河田次郎ですが、和田義盛に引き立てられていきます。

そして、これから源氏が世を治めるには忠義の心が重要だと言うことを説きます。

おいおい、今までの行いを見たらお前はそんなことを言えるのか!!と言いたいですね。

 

それを聞いた義時は、浮かない顔です。頼朝は義時に「自分のおこないを自分で裁くな!お前のおこないは天が裁く」と言います。さらに「わしの行いが間違っていたら、その時は天罰を甘んじて受ける」と豪語します。なんだかなあ・・・

 

法皇が気がかり・・)

頼朝は、この奥州平定で、日本を支配下に置く寸前までいきました。

残るは京都にいる後白河法皇です。

その夜、北条義時畠山重忠御家人たちが集まり、衣川で死んだ義経の死を惜しむ声があがります。

その席のはずれで梶原景時は「九郎殿は、なくなったがその名は語り継がれる」とつぶやきます。

 

法皇の思い通りには・・)

10月に入り頼朝は上洛へ動き始めます。

北条時政法皇に気に入られます。法皇は時政を取り込もうとしますが、時政は「鎌倉に美しい妻がいますので・・」と断ります。法皇の作戦失敗!!

鎌倉に後白河法皇から、奥州平定の褒美を出すという書状が届きますが、頼朝はそれを辞退する書状を法皇に送ります。

丹後局が「なんで恩賞を断るのでしょう。もったいない。」と不思議がりますが、法皇は、これは今後は言いなりにはならないという頼朝の意思表示だと言い、頼朝追討の宣旨をだしたことに対すること頼朝の反感情だと感じます。

法皇は頼朝に対抗できる平家や義仲、義経がいないことを嘆きます。

それを聞いた丹後局は「それもこれも、全て法皇様がお望みになった事です」とたしなめますが、法皇平知康に「お前は、いつもワシの言う事をハイハイ聞いておるのぉ?なんで、止めなかったんじゃあ!この役立たず」と言い出す始末。。なんなんだか??

 

(八重の変化)

ある日、金剛に万寿の目通りをさせました。

万寿は、頼朝の嫡男で後の源頼家、金剛は義時の長男で後の北条泰時です。頼朝はこの2人が支え合うようにと諭します。

金剛と、万寿が庭で一緒に遊び始め、頼朝と政子、そして義時と八重の4名になります。

この席で政子は「八重さん何か変わった」と言います。

政子は八重の姿を見て「表情が明るくなった。多分幸せなんだと思う、顔に出ている」と言います。

よく考えると頼朝の先妻と今妻ですよね。この2人が同席するとはどんな感じなんでしょうか?

さらにこの席で頼朝は 八重との恋愛時代の思い出話しをします。

なんとも嫌な雰囲気が流れます。

これには、八重の夫の義時も頼朝の妻の政子も居心地が悪そうです。

政子や義時がなんとか話題を変えようとしますが、そんなことはお構いなしに何度も

八重との結婚時代の思い出を話す頼朝、空気が読めない無神経ぶりです。

頼朝は最後には、義時の子・金剛も自分の子に似ているとまで言いだします。

 

(おかしくなっていく大姫)

1189年12月、義時の父・時政と後妻のりくの間に男の子が生まれます。この男の子は

後に元服北条政範と名乗ります。

その祝いの席に、北条家が集まります。集まったのは時政の長女・政子、侍女・実衣と夫・阿野全成、義時と妻・八重、畠山重忠も時政の娘と結婚しさらに懐妊したという嬉しい話も持ってきました。

ここには頼朝の長女・大姫も参列します。大姫は時政の孫にあたります。

大姫は勝手に「葵」と改名して、しかも「祝いの席なのに時政に元気がない。生気が赤ちゃんに吸い取られている」と不吉な事を言い、生気を吸い取られないようにする呪文を時政の前で唱え、さらに時政にもこの呪文を唱えるように勧めます。

時政は「もう、歳だからジイジは覚えられないよ」と断りますが、すると「じゃあ、紙に書いてあげる」と!!

うーん実にうさんくさいなああ・・。

 

「葵」は源氏物語光源氏に由来するのではと推測されます。

この席で、大姫は、またも怪しげな占いを披露し、今度は悪魔よけと言い鰯の頭を配ります。

 

一方、八重はお祝いの品として身寄りがない子供達と一緒に作った草履をプレゼントします。

 

(りくの不満)

草履をもらい喜ぶ時政ですが、りくは、金剛を身分が違う孤児たちと一緒に育てるのを快く思っていません。

さらに祝いの席にもかかわらず、りくは皆にもっと北条をもり立てるべきだ「北条家の一門は緊張感がなさすぎます。比企殿は、奥州攻めでも能員殿が大将軍の役職を賜ったとか、重忠殿!あなたは比企殿に差をつけられているのではないですか?」と文句を言います。

特に、比企能員に対し、奥州攻めの総大将をつとめ万寿の乳母もして、さらに娘を源範頼の妻にするなど、源氏とのつながりを深めているとして警戒します。

そんな席に、またしてもメンヘラ化した葵こと大姫が、魔除けになるという鰯の干物を持ってこさせます。

まあなんという席??!!出産祝いの席が、いかがわしいまじないと説教でぶち壊しです!!

義時は、大姫の奇行は、許嫁であった木曾義高が討たれたときの心の傷がまだ癒えていなかったからだと思い、自らの責任を感じます。

時政は伊豆に奥州征伐戦勝祈願の寺を建立したから見に行こうと義時を誘い鎌倉を出ます。

 

(子供の喧嘩)

さて、その義時の長男の金剛・後の北条泰時は、母の八重が連れてきた鶴丸と仲良くできません。母の八重から仲良くするよう言われますが、自分の母を独り占めできないので落ち込みます。それを知った八重は「あなたが一番大事」と言い、金剛を抱きしめます。

 

(河原とお寺)

八重の夫・義時は父義時とともに伊豆・願成就院に行きます。

一方、八重は子どもたちを連れて鎌倉の河原に出かけます。そばには三浦義村も金剛と同じ年ごろの娘・初を連れて遊ばせていました。義村は金剛と義村の娘を近いうちに

夫婦にするかと軽口を叩きます。

 

ここからですが、義時が仏像を見にきた伊豆・願成就院と八重がいる河原での話がはじまり交互にそのストーリーが紹介されます。河原でこれから起こることと仏像誕生までの動き、これを交互にもってくる演出も見所でした。

 

河原にて、義村が小便でその場を立ち去ったとき、川から子供の泣き声が聞こえます。

八重が駆けつけると鶴丸が流され、川の岩につかまって泣いていました。

八重は、この鶴丸が、頼朝との間にできたものの川でおぼれ死んだ長男・千鶴丸と重なってみえ、「千鶴」とつぶやくと助けようと川に入ります。

そして鶴丸を救出し抱いたまま岸に戻ろうとします。

ここで気がついた三浦義村が慌ててかけつけ上半身裸になり川に入り助けに向かいます。

やってきた吉村に八重は鶴丸を預けます。

義村が鶴丸を川岸へと運んだとき、八重はまだ川の中にいました。

八重は微笑みます。そして義村が八重のことに気がついたときには・・・。

八重はもう流されてしまいした。

 

八重遭難の知らせが鎌倉に入ります。

ちょうど、大姫が 怪しいまじないごとを政子とやっているときでした。

三浦義村から、八重の知らせを受けている政子に対し、大姫は「無駄よ きっとなくなっている」と冷たく言います。おいおい!!

再捜索に出かけるときに義村も「可哀想だが助かる見込みは100に1つもないなあ。小四郎はほとほと運のない奴だ」と言います。

やがて、頼朝もかけつけ「鎌倉中の御家人で探せ。決して死なせはしない!わしも

行こう」と指示を出し、自分も探しに行きます。

こうして八重が川の流れにとらえ姿を消したということで大捜索がはじまります。

しかし全成が無事の祈祷をしている最中に突然ろうそくの炎が消えます。

一方、八重の夫の義時は仏像の前で運慶と酒を飲み交わしています。

 

必死の捜索もむなしく、仁田忠常が政子に八重が遺体で見つかったとい伝えます。

このころ、八重の夫・義時は伊豆・願成就院で仏像・運慶が彫った阿弥陀如来像を見上げ「ふと、妻の顔を思い出してしまいました。息子の寝顔を見ている時の」とつぶやきます。
そして仏像の顔の映像で終わります・・・

今回のタイトル「仏の眼差し」・・・そういう意味があったんですね・・

(つづく)

 

うーんなんという終わり方。。優しい八重さんが姿を消すとは。

しかも死んだ自分の息子を思い出し助けに入り、その子が助かったのを見届けてから亡くなるとは。。。

八重は、「曽我物語」では、伊東館を抜け出して頼朝のいる北条館を訪れたが、すでに頼朝は政子が恋仲だったので、悲観して真珠ヶ淵に身を投げて死亡したとされています。