福岡市博多駅近くのお寺に人魚の塚があるそうです。
え!!人魚の塚!!??本当かあ~
・・ということで行ってきました。
(人魚塚がある竜宮寺)
人魚の墓があるのは、龍宮寺。博多駅から徒歩20分程度、地下鉄祇園駅のすぐにあるお寺です。
これが博多湾でみつかった人魚が埋葬されたという人魚塚です。
(龍宮・・と言う名前)
龍宮寺・・この名前気になりますよね、龍宮??・・竜宮城の龍宮?何か意味があるのか??そうです、理由がありました。
龍宮寺の開創時期は不明ですが、元は海辺に近いところにあったそうです。潮が満ちると境内が浸水することから当初は、浮御堂と呼ばれていたそうです。
(博多湾の人魚のお話)
人魚というと欧州の話をイメージする人が多いと思いますが、日本にも人魚の話はあります。
鎌倉時代の貞応元年(1222年)4月14日、博多津に人魚が打ち上げられました。
【出典:龍宮寺案内版より】
(人魚の大きさは145,8メートル??!!)
さて、言い伝えでは、このとき見つかった人魚の大きさは八十一間(約145.8m)。
【出典:龍宮寺案内版より】
145.8メートルですよ!!
初代のゴジラの身長が50メートルですから、その3倍!!無茶苦茶な大きさです。
145.8メートルと言うと、どれくらい大きいかと見当が付かないのですが、同じくらいの大きさの物としては、新横浜プリンスホテルが149メートル(42階建て)です。
下の円柱状の建物が新横浜プリンスホテルです。
では、博多で見つかった145.8メートルの人魚を並べてみます。
博多で見つかった人魚はこんなに巨大だったんでしょうか??デカすぎませんか??
こんなにデカくては、まさに怪物!!
まさに鎌倉時代のガリバー旅行記!!
(朝廷、冷泉中納言を検分に派遣)
「人魚発見!」の知らせは鎌倉の幕府に伝えられます。
また、朝廷からは勅使が検分に来ることとなりました。
朝廷から勅使として派遣されたのが、冷泉中納言です。冷泉中納言は、新古今和歌集の選者で歌人としても有名な藤原定家の孫で、浮御堂にしばらく滞在します。
地元では、人魚が打ち上げられたという知らせを耳にした者たちが、人魚は不老長寿の薬だから食べようと考えます。
しかし、占術の博士・阿部大富(あべ おおとみ)が占ったところ、人魚は国家長久の瑞兆であったことから、手厚く葬ることにしました。
そして人々は、この人魚を冷泉中納言が滞在した浮御堂に埋めます。
このとき人々は「人魚は龍宮から来た」と考え、寺の名前を龍宮寺としました。
龍安寺本堂内には人魚の絵の掛け軸と共に、人魚の骨が安置されているそうです(一般公開はされていません)。
人魚の骨は、明治頃までは一般公開され、月1回の縁日になると骨を浸した水を、不老長寿・無病息災に霊験あらたかだとして、参詣する人々に飲ませていたそうです。
おいおい!!
【出典:龍宮寺案内版より】
<<人魚塚への行き方>>
竜宮寺内、
博多駅徒歩20分以内
地下鉄「祇園2番出口」そば
人魚塚、博多駅から歩いて行けます。
機会があったら是非!