神武天皇が東征前に滞在したと
日本書紀や古事記に記載されている岡田宮。
その岡田宮で、
2024年(令和6年)7月29日(月)夕方6時から
夏越しの大祓があったので参列し
茅の輪くぐりをしてきました。
(古事記や日本書紀に登場する岡田宮)
岡田宮(おかだぐう)は、福岡県北九州市八幡西区黒崎地区にある神社です。JR黒崎駅から徒歩10分以内と近い距離にあります。
下は神武天皇の東征を描いた絵です。
古事記には、この東征を前に、神武天皇が日向国からここに岡田宮に詣り、天神地祇の八神をまつり、この地に留まったということが書かれています。
また日本書紀には、199年には、神功皇后が三韓征討のときに、岡田宮に詣り八所神をまつったことが書かれています。
このように岡田宮は2000年近い歴史を持つ神社です。
(夏越しの大祓)
2024年(令和6年)7月29日に福岡県北九州市にある神武天皇ゆかりの岡田宮で行われた夏越祭。
夏越祭は、1年の半分が過ぎた6月の晦日(みそか)に1年の前半の穢れを祓って無事に過ごせたことに感謝し、災厄を祓い、後半の無病息災を願うものです。
初穂料をおさめると神拝詞と神授を頂きました。
夏越祭の神事は、夕方6時に本殿で始まりました。
参列者はおっさんを含め15人程度でした。
本殿で行われたのは
①お祓い
②宮司の一礼
④巫女さんに浦安の舞の奉納
⑤宮司玉串奉納・・・ここで参列者全員が立ち上がり大祓いの言葉を唱えます。
最初にもらった「神拝詞」に大祓いの言葉が書かれています。
⑥参列者玉串拝礼
⑦宮司一拝
⑧宮司挨拶
その後、境内に行き参列者全員で茅の輪くぐりを行います。
(茅の輪くぐり)
茅の輪とは、茅(ちがや)というイネ科の植物で編んだ輪のことです。
この茅の輪をくぐることは、「茅の輪くぐり」とも呼ばれ、罪や穢れを落とすとされています。
岡田宮の夏越祭では本殿での神事のあと境内に出て、宮司を先頭に神事参列者が1列に並び茅の輪をくぐります。
茅の輪くぐりの最中は雅楽の生演奏がありました。(画面右)
(くぐり方)
茅の輪くぐりには、作法があります。
茅の輪の前に立ち、ご本殿に向かって一礼をします。
「水無月の 夏越しの祓する人は 千歳の命 のぶというなり」と唱えながら左まわりにくぐり、茅の輪の前に戻ります。
2回目も一礼をし、同様に唱えながら右まわりにくぐって茅の輪の前に戻ります。
3回目も一礼をし、同様に唱えながら左まわりにくぐって茅の輪の前に戻ります。
このように左まわり → 右まわり → 左まわりと8の字を描くように合計3回茅の輪をくぐって回ります。
そして最後に本殿に進み、お参りします。
おっさんも作法通りくぐりました。
そして、本殿に参拝。
傍らには茅があり、最後はそれを頂きました。
茅を頂きました。玄関に飾るとよろしいそうです。
こうして夏越祭の全作業が終了しました。
(茅の輪くぐりの由来)
岡田宮の宮司によると、この茅の輪くぐりは、旅していたスサノオノミコトが旅先で親切にしてもらったお礼に「もうすぐ村に疫病が出るから茅を編んで難を逃れなさい」と教えました。
やがて予言通り病がはやりますが、スサノオの助言に従い茅で輪を編んだことで難を
逃れることができたそうです。
(御札と御神饌)
夏越祭の最初に受付で岡田宮からもらった「神授」と書かれた封筒には、玄関に貼るとよろしいという御札と「御神饌」と書かれた米が入っていました。
【岡田宮公式HP】
【現在の暦の6月30日に実施する神社も‥】
夏越の大祓いは、関東では旧暦ではなく現在の暦の6月30日に行っている神社が多いようです、2020年(令和元年)には映画「君の名は」のモデルとなった須賀神社で開かれた夏越の大祓いを見てきました。
また、2024年(令和6年)6月30日には、太宰府天満宮での夏越祭に参加しました。
神社によって夏越祭のスタイルが微妙に違います。
<<岡田宮への行き方>>
JR黒崎駅徒歩10分以内
住所:福岡県北九州市八幡西区岡田町1-1
神武天皇ゆかりの地での夏越の大祓でした。