日刊  おっさんの人生これから大逆転だぜえ!(日本史+史跡+旅情報)

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明治時代に開業した初代門司駅とみられる遺構の現地説明会に参加し 貴重な数々を見てきました

初代門司駅舎(1891年:明治24年構造)の
一部とみられる遺構の現地説明会に参加してきました。

(1891年:明治24年の初代門司駅の機関車庫跡の一部?)
2023年(令和5年)10月13日(金)に新聞を見ていたら、福岡県北九州市門司区にある門司港駅のすぐ近くにある公共施設の建設予定地(市有地)で、9月から調査を行っていたところ、1891(明治24)年に建造された初代門司駅舎外の機関車庫跡の一部とみられる赤レンガの外壁が出土したというニュースを見ました。
そして、そのニュースの翌日に現場を見に行きました、その様子は下をクリックして御覧下さい👇

学芸員による現地説明会に参加)
そして2023年(令和5年)11月19日(日)朝10時から、北九州市文化企画課が、学芸員による現地説明会を開催したので参加してきました。

(明治期に建てられた機関車庫の可能性)

現在の門司港駅は、昔は門司駅と言い1891年(明治24年)4月1日に開業しました。
下の写真は当時の駅舎の様子です。

開業当時の門司駅には、プラットホームには屋根がついていません。

(今回の遺構)
北九州市役所によると今回調査した場所の過半数を占める長方形の煉瓦の構造物は、1897年(明治30年)の門司駅構内図で見たところ、機関車庫であると考えられています。
下の赤で囲んだ部分が今回の調査区です。

【出典:北九州市文化企画課による現地説明会で配布された資料より一部抜粋】

今回の調査では明治24年に建設されていたとみられる機関車庫(残存長さ約32.2メートル、幅11.7メートル)、危険品を納めていたと思われる倉庫、旧門司駅の一番外側の土台となる外郭石垣、機関車庫に並行して設置された鉄管、蒸気機関車などの石炭ガラの廃棄土坑、門司築港以前の護岸の石垣、体積土、2代目駅舎時代の倉庫の石垣や石垣側溝などが見つかりました。

(現地調査説明会)

現地調査説明会は、発掘現場内にゴザや板を敷いた仮設通路を設け、そこの中に入り、実際に遺構を間近に見ながら、発掘を担当している学芸員から、これが何なのかの説明を受けました。
明治・大正・昭和初期の物を直接見ることができる非常に貴重な機会でした。

これが当日、配られた遺構の説明図です。真ん中にある青の線。これはかつての海岸線で、この青線より右部分がかつては海で、のちに埋め立てられました。
現地説明会当日、北九州市文化企画課が、現地で配布した資料には詳しく解説されていました。

【出典:北九州市文化企画課による現地説明会で配布された資料より一部抜粋】

門司築港以前の護岸の石垣もありました。この石垣から先は、かつては海でした。

当時は石炭を原料とする蒸気機関車だったため、石炭ガラの廃棄土坑もありました。

明治時代のレンガも数多く出土しています。

【超貴重な資料が出土】
遺構には、当時の土木技術を知る貴重な物が色々ありましたが、なかでも歴史的に超貴重なものを紹介します。
今回ご一緒した産業遺産の第一人者の大学の先生によると文献では見たことがあるものの、実物はたぶん日本でここにしかないという超貴重な物です。
(その1:岩盤仕様構造)
機関車庫跡の赤レンガ、イギリス積みでできているこのレンガは非常に貴重です。


基盤層と言われる岩盤の上に基礎があります。基礎を設置するために溝を掘削し、強固な岩盤を型枠替わりにして直接そこにコンクリートを流し込む「岩盤仕様の基礎構造」になっています。
(現在は型枠を使用して、そこにコンクリートを流し込む方法がとられています)



現地説明会当日、北九州市文化企画課が、現地で配布した資料には詳しく解説されていました。


【出典:北九州市文化企画課による現地説明会で配布された資料より一部抜粋】
(その2:低地仕様の基礎構造)
二重の枠型を作り丸太を使用した胴木を設置し、砂利を敷き詰め枠型を作り、その中にコンクリートを流し込む「低地仕様の基礎構造」もありました。
赤レンガの下に、コンクリートの基礎部分、その下には丸太と砂利を使うことで地盤沈下を防ぐためだということでした。これも実物は日本全国でここにしか見ることができない貴重な資料だそうです。

現地説明会当日、北九州市文化企画課が、現地で配布した資料には詳しく解説されていました。

【出典:北九州市文化企画課による現地説明会で配布された資料より一部抜粋】

(その3:2種類の石垣)
今回2種類の石垣が発見されました。
写真左の「石垣3」は、綺麗なカーブがあります。これは初代門司駅の外郭の石垣だと推測されます。
一方、写真右の「石垣2」は、曲がり角がカーブではなく直角。これは、倉庫の土台の石垣だと推測されます。

場所的に見ると「石垣3」の外側に「石垣2」があります。

【出典:北九州市文化企画課による現地説明会で配布された資料より一部抜粋】

 

同行した大学の先生によると、初代門司駅の石垣、ここでは「石垣3」を拡張して
「石垣2」ができたのではないかと言う事です。

【出典:北九州市文化企画課による現地説明会で配布された資料より一部抜粋】

(その4:当時の路線跡??)
当時の線路跡と思われる場所がありました。蒸気機関車に使用した石炭ガラが置かれていたと思われます。

【出典:北九州市文化企画課による現地説明会で配布された資料より一部抜粋】

その近くにはバルブがありました。蒸気機関車に水を供給していたのでしょうか??

(その5:転車台の銘板だと推定されます)
転車台の銘板だと推定されるものも、ここから出土しました。
上には  OF NEW YORK
下には USA 1912 の文字が刻まれています。
アメリカン・ブリッジ社製です。

…と言うことで、
明治期の貴重な資料の実物を現地で見ることが
できました。タイムスリップでした。